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身の丈
突然の第三者の介入に、龍一は声のした方を向くと、テーブルに足を乗せてこちらを見ている男がいた。男は龍一を睨みつけている。
「峰川、行儀が悪いよ」
生徒会長がやんわりと窘めると、すぐに足は下ろされたが、その目は龍一を睨んだままだった。
「急に入ってくるなんて、不躾だね。なにか文句があるの?」
「はっ、文句すか?ありますよ、ソイツにね」
「今ソイツと言いましたか!?あと指をさすなへし折りますよ!」
「幸人は落ち着いて。 ふむ、いいじゃないか。聞こう、峰川は彼になんの文句があるんだ?」
副会長が猫のように毛を逆立たせるのを宥め、生徒会長は問うと、男はより一層睨みを強めた。
「何もかも気に食わねぇっすよ。ソイツへの待遇も、ソイツのスカした態度も」
「待遇?どれのこと?椿寮に入ることか? それはさっきも言った通り、私が勝手にしたことだよ?彼が望んでないことは見てわかると思うけれど」
生徒会長の返答に、男はさらに熱を上げた。
「チッ、その望んでないってのが一番ムカつくんだよ!身の丈に合わねぇ権利を得るのも烏滸がましいってのに、それを断るだと?贅沢言いやがって何様のつもりだ!」
「……贅沢、ねぇ」
「そもそもこんな奴になんの価値があるんすか、会長がわざわざ頭下げるほどの奴すか? 無所属の奴なら別にソイツじゃなくてもいいじゃないですか!」
男は吠えた。よほど龍一の何かが彼の癪に触ったらしい。副会長がもう限界とばかりに震える横で、生徒会長が考える仕草をした。
そして口を開こうとしたところで、今までずっと黙って話を聞いていた龍一はそれを手で制する。
ここでようやく、決断が出来たのだ。
「椿寮へ入ります」
「はぁ!?今の話聞いてなかったのか!?」
「しかし、1ヶ月で退寮させて下さい」
また噛み付かれるが、知ったことは無かった。仕方がないだろう、最低でも1ヶ月は変更できないという決まりがあるのだから。
龍一の言葉に生徒会長は安堵の表情を浮かべた。
「そうか、良かった。なら今日から1週間以内に移動してくれるかな?もう住める状態にはしているから」
「はい」
「おいいい加減にしろよテメェ!自分の身の丈を」
「さっきから言っているその"身の丈"とは何だ?」
龍一はここで初めて男に返事をした。
今まで決して無視をしていたわけではない。応えられるほどに男の言っていることを理解出来なかったのだ。しかし結局考えても分からないので聞いてしまった。
「あぁ!?テメェが椿寮に入る権利はねぇってことだよ!」
「そうだな、俺もそう思う」
「はぁ!?」
龍一は男の意見に賛同した。初めからそう考えての行動であり、まったくのその通りだった。
しかし、それでも分からないところがあるのだ。先程から男が言う、"身の丈"について。
「だから断る為にここに来たんだ、身の丈に合わないからな。そして断った。だが不幸にも、1ヶ月間生活しないと寮を移動出来ないという決まりがあるから入寮自体を断ることは出来なかった。 だからその決まりに沿って俺は1ヶ月の間だけ入寮することになった。違うか?」
「そうだっ、だから」
「なら何が不満だ?さっきから君の言っていることは滅茶苦茶だぞ。入寮することも、その申し出を断ることも身の丈に合わないからやめろと。ならばどうすればいいんだ?どうすれば君のいう身の丈に合う? このまま無視して退出するか?この紙を破るか?ここに抗議文でも送り付けてみるか? 意味がないだろう。 その他に選択肢があるのなら言ってくれ、野宿する以外なら喜んで従うぞ」
「は……」
「それともあれか、俺が是非を決めることが気に入らないのか?ならば君が命令してくれ、それに俺が頷こう」
命令といっても、入寮しろ・入寮するな・1ヶ月後すぐに退寮しろ、この3択しかないが。いや、入寮しない訳にはいかないので2択か。
兎にも角にも、気になったことを聞くことが出来た。男から返答はないが、直接疑問を呈するというのは大事だな。龍一はその面で男の行動に共感した。
「下がっても宜しいでしょうか?」
「……あぁ、いいよ。悪かったね色々と」
「いいえ、私が決めたことですから。では失礼します」
生徒会長や副会長、その他役員達に会釈して、龍一はどこかスッキリした面持ちでその場を後にした。
𓂃❁⃘𓈒𓏸
バタンッ
生徒が出ていくと、その静けさはすぐにかき消された。
「っ、ぐふっ……ふふ、あはははは!無理!!もう無理!!!」
「時音くんっ、だめっ……ですよ、笑っちゃぁ……くっっ」
「…………ふ、ふふっ」
次々と笑い声が響く。副会長である早乙女も先程までの熱を消し、肩を揺らしていた。
その中心で、怒りやら羞恥やらで身体を赤く染める男が一人。
「てめーらっ笑ってんじゃねえー!!!!」
「あひゃひゃ、顔真っ赤なんだけどっ、言い負かされてやんのーダッサァ!」
「うううるせぇ!!!!」
「ギャハハ!」
その通り、先程自分から喧嘩を吹っ掛けた相手にこてんぱんにやられた男は、すっかりこの部屋のおもちゃと化していた。その傍らで、パタパタと足を揺らして目を輝かせる者もいる。
「眞島かいちょお、あの人おもしろいね〜!また来るぅ?」
「さあ、どうだろうね」
「えぇ〜来て欲しいなぁ、朱里あの人好き!」
「朱里!!貴方も分かりましたか、鷹藤くんの魅力が!!」
「うんうんっ!でも……副かいちょお顔怖ぁい…こっち来ないで?」
「待ちなさい朱里!!この私が彼の魅力を1からですねっ」
「やだぁ!助けて眞島かいちょー」
「よしよし。幸人、可愛い朱里を虐めないでくれる?」
「はいぃ!?私がいつ虐めたのですか!?」
腹にくっつく小さな動物を撫でながら、眞島は未だおもちゃになっている男の名を呼んだ。
「峰川、こっちへ来なさい」
その固い声に、呼ばれた男、峰川は猛るのをやめて大人しく眞島の前へ来た。ガタイのいい大の男がビクビクと縮こまる姿は、情けない以外にない。
「あの、会長……」
「うん、まだ何か文句がある?」
「い、いえ!何もないっす、すみませんでした!」
すかさず頭を下げた峰川の後頭部を見て、眞島は首を傾げる。
「なんで謝るの?峰川は何もしてないだろう」
私にはね。
その声は柔らかく優しいが、確かな圧があった。峰川は恐る恐る顔を上げる。
「す、すみません…」
「だからなんで謝るの??何に対して?」
「それは…」
先程の彼に向かった時とは打って変わって、口篭るその姿に眞島はため息を隠さなかった。
「なんだったかな。身の丈、権利、価値?それと、贅沢だとも言ったか……。鷹藤くんも言っていたね、その身の丈って何かな?その口で教えてくれないか?」
「っ……」
予想はしていたが、やはり言えないのだ。眞島の感情は、ここに来てもう怒りよりも呆れが勝っていた。無意識に額に手をやってしまうのは、そのせいだった。
「答えられないの、あれだけ大口叩いておいて。 そう……はぁ……。私はね、峰川の真っ直ぐで物応じないところを気に入っている。 でも、少し教育が足りなかったようだね。誰彼構わず牙を剥くのは、野犬と一緒だ」
「……はい」
「身の丈がどうだと、お前こそ何様のつもりだ?彼の、そして私の決定に意見…いやあんなものは意見じゃない、野次を飛ばす権利があるとでも?」
「いいえ……」
「そうだろう。ましてや鷹藤くんの人格まで否定してるとも取れる発言を、お前は……はぁ。もういい、明日にでも鷹藤くんの所へ行き、今日の傲慢な態度を謝罪してきなさい。出来ないなら暫くここに来なくていい」
「はい……」
はいといいえしか発しなくなり、すっかり意気消沈した峰川を席へ戻すと、下から手が伸びてきた。
「眞島かいちょお、チョコあげる」
「ふふ、ありがとう」
眞島に差し出した後、ニコニコと自分用のチョコを頬張る姿を見下ろしながら、眞島は反省した。
もっと早く峰川を咎めるべきだった。彼自身に言い返させる前に。そして次に会った時には、眞島からも謝罪しようと決めた。
その場の感情に任せて言った言葉なので決して本心では無いと思うが、それでも自分の部下の馬鹿な発言で彼が傷ついていないことを願うばかりだった。
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