お隣さん

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用意したツマミには、まだ手をつけていないし、まだまだ飲み足りない。 「シルヴィー、付き合ってくれるよね。今度はわたしが、とっておきの酒をご馳走するよ」 本格的な酒盛りをはじめることにしたハルカは、ふたたび台所に向かい、先日、引っ越しを手伝ってくれた村役場の若手職員から「引っ越し祝いです」と贈られた、とっておきの純米酒を、暗所から取り出した。 銘柄は【妖界】、蔵元は「きっかい酒造」である。 お気に入りの江戸切子の徳利(とっくり)御猪口(おちょこ)。一升瓶を持って縁側に戻り、【妖界】をなみなみと注ぎいれた徳利を、お隣さんに渡す。 「シルヴィー、冷酒にして」 「お安い御用です」 江戸切子の繊細な彫りに、形の良い唇が寄せられた。吸血鬼の冷たい吐息がかかる。 「これくらいで、いかがでしょうか?」 ハルカの手に戻された徳利はヒンヤ~リ、じつにいい具合だ。 「よし、シルヴィー。ここからが本当の『引っ越し祝い』だよ。呑もう、呑もう」 ホロ酔い気分で、ご機嫌なハルカ。 「呑みましょう。呑みましょう」 さらに上機嫌なシルヴィーが、御猪口もほどよく冷やしてくれた。 陽の傾いた縁側には――空っぽのワインボトルと一升瓶が転がっていた。 ハルカは御猪口を握ったまま、すぅー、すぅーと、シルヴィーの膝を枕に眠っている。その頬は、ピンク色。 アルコールの分解が異常に早いシルヴィーは、いくら呑んでも酔うことはなかった。 酔いつぶれて気持ち良さそうに眠りこけるハルカの薄紅色の髪を、どさくさ紛れに撫でながら、 「カワイイ。カワイイ」 デレデレとした顔で、飽きることなく寝顔を堪能していたのだが、次の瞬間――異次元の速さで板の間からスーツの上着をとり、すっぽりとハルカを覆い隠した。 急激に冷めた視線を縁側の先にある垣根へと向け、念で怒気を飛ばす。 《みるな、のぞくな、ちかづくな》 同時にテレキネシス、いわゆる念動力をぶつけた。 垣根のそばで、古民家の様子を伺おうとしたコウモリが、「――ピキイィ!」と鳴いて、日暮れの空に弾き飛ばされていった。
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