平太郎

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平太郎

「水、汲んできたぞー」 「はい、ご苦労様。そこの甕に入れておくれ。」 並んだ大甕全部に水を入れておくのが平太郎の仕事だ。 「これで一杯になったからな。」 「わかってますとも。さあさあ、ご飯をどうぞ。」 どんとおかれたおひつごと、抱えて食べ始めてあっという間に空にする。みそ汁は鍋ごと。夏も冬も冷たい方がいいということで、作り立てではなくて一番に作ったものを井戸水につけて冷やしたものを、こちらも鍋に直接口をつけてごくごくと飲み干し、梅干しや季節の野菜の塩漬けをパリパリと食べたら、ごろっと横になる。 すぐに、ぐぉぉぉという大いびきが聞こえ始める。 「ああ、うるさい。白蓮様は、なんであんな大食らいを置いてやってるんだろうねぇ。」 ぶつぶつ文句を言うのは、村から通いで来ているイネ。 「あはは。おまえは若いから知らないんだね。あの平太郎が昔はとんでもないやつで。村が大変だったことを。」 通いだと大変だからということで寺に住み込んでるおたねばあさんが、鍋やおひつを洗って片づけながら話そうとしたときに白蓮様がやってきた。 「お前たち、そこが終わったらドクダミを干すのを手伝っておくれ。」 「あ、昨日刈り取ったやつですね。」 「そうじゃ、頼みましたよ。」 白蓮様は、その名の通り色白の美しい方で噂では高貴なお家の方らしい。跡継ぎ騒動に巻き込まれて危うく殺されそうになったところを、逃げ延びてこの寺にかくまわれたというのが、もっぱらの噂だ。 怖いもの知らずの子どもが、白蓮様に本当かどうか聞いたことがあったがニッコリ笑って「まあ、そんなことを思いつくなんて。面白い子ですね。」と言って、その子を抱き上げて家まで送ってやったので親たちが恐縮して、そういう話をすることも無くなってしまった。 病人やけが人が出ると、薬王寺で薬をいただくので村の人たちも無闇と面白がって変な噂をするもんじゃねぇと、村長からきつく言われたこともある。 そんな時に、村の畑を荒らす奴が出た。 食べごろになったウリやカブが食い荒らされて、あちこち掘り返されるという被害が続いたので、村人はわなを仕掛けることにした。その罠に引っかかったのが平太郎だった。 「てっきりイノシシかサルの仕業と思ったになあ。」 そこに通りかかったのが薬王寺の白蓮様。村人からわけを聞いて寺で引き取ることにした。 「そなた、腹が減っているのであろう。私の手伝いをすれば食わせてやるが、どうじゃな?」 「食わせてくれるなら、ついていく。」 二つ返事で話がまとまったらしい。 とはいっても、文字も読めず、今までどうやって生きていたのか、獣のように食えるものを食って、川の水でも飲んでいたのであろうか。ぼろのような着物に「平」という文字があったので、平太郎という名前を白蓮様につけてもらって、寺で暮らすようになったのだ。 村人たちも、訳の分からないのに田んぼや畑を荒らされるよりは、白蓮様が身元を引き受けてくれれば安心だと思っている。しかも、イノシシやシカが畑に出たりしたときは、山ほど飯を食わせる約束で平太郎が見回る約束もしてある。 ある時などは、平太郎とクマが取っ組み合いをしてクマを川に放り込んだこともあったので、村人はすっかり平太郎を頼りにするようになった。 「クマよりは平太郎の方がマシだべ。」 「まあなあ。」 「白蓮様にお礼代わりに今度、多めに野菜をもっていくべや。」 「そうだなあ。身寄りのないものや、病やケガの時にも助けてくださるしのぉ。」 「お城の若様たちも、薬王寺にお薬をいただいているらしいべ。」 「ああ、なんでもお体が弱いらしいのお。」 「平太郎の爪の垢でも飲めばええ。」 あははと笑って村人たちも、いまは薬王寺の白蓮様と平太郎をすっかり頼りにしているのだった。
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