お守り役の桐生様

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お守り役の桐生様

薬王寺の庭は、いつきても花が咲いている。冬でも、どことなくあたたかなので、山奥ではあるのだがスイセンや椿が咲く。 「不思議なところよのぉ・・・。」 ひとりごちて薄ピンク色のシャクヤクの茂みを眺めていると声がかかった。 「桐生様、お茶室の用意が整いましたので、どうぞ。」 「うむ、あいわかった。」 寺の子どもに先導されて茶室に向かう。 薬王寺には身寄りのない子供が、いつも数人いて白蓮様に読み書きや行儀作法を習っている。身なりもこぎれいだから、知らないものだったら、寺にいる子供たちはどこかの良家の子息か令嬢が手習い修行に来ているのだろうと思うだろう。 実際、この寺から名のある家や裕福な商家に跡継ぎや養子として貰われていくものは多い。 「お腰の物は、こちらに。」 「うむ、しかと預けたぞ。」 「はい、たしかにお預かりいたしました。」 大小二本を差しては茶室には入れないようになっている。もっとも、この太平の世の中、刀などお飾り同然。剣術ができたとて、何の役にも立たないのは骨身にしみている。武士でなかったら、こんなものを下げて歩きたくはない。役に立つのはせいぜい「何かに」襲われたときくらいだ。それだって、刀が役に立つ相手ならいいが・・・。 躙り口(にじりぐち)から身をかがめて茶室に入ると、茶釜からは湯気があがり、温かな柔らかい空気が薄明るい室内に満ちている。作法に従って掛け軸を見たり茶花を見たりして主客の位置に座る。 ここの掛け軸は、いつも謎だ。文字のようでもあり、何かの絵のようでもあり。茶花も今日は桶に色々な花や葉っぱが突っ込んであるだけに見えるが、それが不思議に茶室の雰囲気になじんでいる。 「ふふふ。桐生様は不思議に思われてますね。」 「あ、いや。その、なかなか風情のある・・・。」 「この茶室のしつらえは、平太郎がやるのですよ。」 「えっ、あの乱暴者、いや、いまはそのあたりで何もせずにぐうたらしているという平太郎ですか。」 「ええ、あのものは特別なのですよ。茶の道、いえ、この世界そのものかもしれません。」 「あの平太郎がですか・・・。某(それがし)には高尚すぎてよく分かりませぬが。さて、これは禅問答ですかな。」 「ああ、いえいえ。ただの戯言(ざれごと)でございますよ。」 ニッコリ笑いながら、作法に従って差し水をしたり茶碗に湯を注いで「お薄(おうす)」を点てていく。 その間に出された茶菓は、水菓子。つまり果物だった。 「ちょうど桑の実が食べごろですので、今日はこれを。」 「ほうほう。桑というのは、あの絹を作る蚕の食べる葉ですな。」 「あれは葉を干して茶にしても、なかなか良いものです。」 「白蓮様は草木に詳しいですからなあ。」 「お好きなだけ、どうぞ。」 「では、頂戴します。」 黒いといってもいい色に熟した実は、ちょっと気味が悪いブツブツした粒が固まっているようにも見えたが、口に入れてみると甘くてプチプチという食感が面白い。1つだけと思っていたのが、皿に盛られていたものをすべて平らげてしまった。 「お気に召したのなら、帰りに少しおもちになりますか?」 「いやいや、こんな貴重なものは。堪能いたしました。」 「では、お茶をどうぞ。」 「頂戴します。」 外でカッコーが鳴く声が聞こえるほかは、寺の子どもたちが遊ぶ笑い声が時折聞こえるような、静かな時が流れる。茶釜の湯がしゅんしゅんという音が静けさを一層感じさせる。 「結構なお手前でございました。」 「お続きはいかが?」 「いえ、これで。」 「お粗末様でございました。」 一通りの言葉を言うと、白蓮様は自分でもお薄を点てて飲まれた後は飲み口を拭って、懐紙で指を拭き桐生様に向かい合って座った。 「して、今日の御用向きは?若君たちのお薬は、まだ足りていると思うのですが。」 それだ、気が重いのだが言わねばならない。まさか若君と姫様が、ここのところ怪しいものに夜な夜な悩まされているなどという戯言を白蓮様は笑わずに聞いてくださるだろうか・・・。
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