お城の怪異

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お城の怪異

「最初は若君や姫様が、夜になると恐ろしいものがいると言い出しましてな。」 「若君も姫様も芯の細い方ですから、何かの影にも驚きましょうな。」 産まれてから、なにかと病弱ですぐに熱を出すような子供たちである。若君は鶴千代、姫君は亀千代という名前だ。 奥方様と側室がほとんど同じ日に産んだお子達で、奥方様は幸いお元気だが側室の方は産後の肥立ちが悪くてすぐになくなってしまったので、二人は双子のようにして育てられている。 お家のしきたりで最初の子は「鶴千代」次は「亀千代」と名付けることになっている。3番目からは「松千代」「竹千代」「梅千代」と、めでたい名前を付けて、無事に育つようにという願いが込められている。 いまのところ、殿のお子は二人だけで、「鶴千代」「亀千代」だけである。しかし、この時代は子供が無事に大きく育つというのは難しいことであった。だから、お城の者たちは若君や姫君が冬は寒くないよう、夏は暑くないよう、気を使いながら育てている。 食べるのも食が細く、好き嫌いが激しいので、とにかく「お好きなもの」を食べられるようにとお勝手方は毎日苦労して、いろいろと少しずつそろえてお膳に出しているそうだ。 そんな大事に育てている若君と姫君が夜になると、おびえて寝れなくなってしまったというのだ。 「さよう。みな、最初は子供のことゆえ何かの影をバケモノと思い込んだのではと、そう思っておったのですが・・・。」 「他のものも何か?」 桐生様はため息をつきながら、そのあとお城のお女中たちも一緒に添い寝をして、やはり何かの怪しいものを見たというので、夜の見回りをすることになった。その時に見回りのものが怪しい火を見たり、天守の方になにやら大きな影がうごめいていたのを見たりしておびえてしまった。 そこで今度はお城詰めの男たちが夜になると灯りをともして警戒をしていたら何とも知れない気味の悪い声がどこからともなく聞こえてきたということだ。 最初は女子供のたわごとと思っていた武士たちも、さすがに怖気づいてしまったものの口には出せず、夜の見回りを嫌がるようになってしまった。 もちろん城の剣術指南や腕自慢たちも、表立っては「怖くてムリ」というようなことは言わないものの妖(あやかし)相手では刀など役には立ちませぬゆえと、体のいい理屈で辞退したということだ。 「なるほど。それで?」 「某(それがし)も見回りをいたしましたが、なにしろ得体がしれない。何を見ても見なくても、風で枝が揺れても同輩たちが浮足立つので、その、まあ、困っておる。」 「正直者ですなあ、桐生様は。」 ふんわりと笑みを浮かべる白蓮様。 「からかっておいでか?」 なんとなく自分が臆病者と思われた気がして、ついケンカ腰になってしまう。 「いえいえ、滅相もない。そのような素直なお心だから、若君と姫様のお守り役が務まるのでございましょう。」 「ほめられている気はせぬ。」 「で、若君と姫様はいかがしておられるのですか。」 桐生様が憮然としているのを気にもせず、白蓮様は若君と姫様のことを尋ねた。 「若君は乳母やお女中たちに囲まれてお過ごしでござる。外には出ぬようにと殿から申し付かっているようで。某(それがし)もお守り役ゆえ、できるだけ付いてはおりますが今日は若君と姫様の薬を貰うという口実で出てまいっておる次第。」 「それはそれは、お役目ご苦労でございますな。いつもの薬は用意してありますが、妖に効く薬は、あいにくとございませぬのでなあ。」 面白がっているようにも見える白蓮様。 「そんな薬があれば、ぜひともいただきたいものでござる。しかし、薬ではなく白蓮様ならば、妖を払ってくださるのではないかと御すがりに参った次第。なにとぞ、某(それがし)とともに城まで来てはいただけまいか。」 「私に妖をなんとかせよと。」 桐生様が頭を下げられているところに、突然躙り口から平太郎が首を突っ込んできた。 「白蓮様ぁ、腹減ったぁ。」 「おお、平太郎か。良いところに来た。腹いっぱい食いたかったら、この桐生様と一緒にお城に行っておくれ。」 「なんかうまいものがあるのか、城って。」 「いまから、握り飯を作ってもたせてやるから食べながら城に行って、大ぐらい競争をしておいでなさい。」 「おお、それは面白い。俺にかなうやつなどいるものか。」 「び、白蓮様。一体なにを藪から棒に。大ぐらい大会など、頼んでおりませんぞ。」 「よいから、よいから。殿には手紙をしたためますゆえ、それをお持ちなさい。殿もご承知くださるはずです。なに、否やというなら、このものに米俵一俵かつがせて返せばよい。安いものであろう?妖はこの平太郎が片づけてくれます。」 「いや、このものにそんなことができるとは・・・。」 「なんだ、アヤカシって。うまいものか?あ、甘い菓子のことかっっ。それならおらが食ってやるっっ」 平太郎は頓着せずに喜んでいる。 「お城で旨いものを腹いっぱい食う仕事ってことだな、まかせておけ。」 がははと笑う平太郎。 桐生様は呆れているが、白蓮様が文を書くゆえ少々お待ちをと言って座をはずされた。
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