平太郎、城に行く

1/1
前へ
/9ページ
次へ

平太郎、城に行く

桐生様も決して小さい方ではないのだが、平太郎ときたら桐生様より頭一つは大きく、横幅も倍はあるだろう。相撲取りにでもなればさぞや強かろうという体つき。 しかしおつむの方は、てんでダメで字も読めず、もちろん書くことなぞできるはずもない。しかし茶室にかかっていた掛け軸は平太郎が書いたと白蓮様は言っていたが、あれは字ではなかったのであろう。じゃあ何かといわれても分からぬ。いわゆる禅問答のような絵なのかもしれぬが・・・。 「ふぅ・・・。」 殿に書状を届けるように白蓮様から預かって入るものの、大きな握り飯をほおばりながら、飯粒ボロボロこぼし口の周りやあちこちに張り付かせている「いかにもうつけ」な平太郎が役に立つとは思えず、ついため息が出る。 「なあなあ、お城のアヤカシってうまいもんなんだろ。」 口から飯粒を飛ばしながら喋るので、離れて歩いている桐生様。 「妖とはなあ、食うものではない。どちらかと言うとこちらが食われてしまうかもしれん。」 「人間様を食うのはクマかオオカミだろ。おら、クマでもオオカミでもまけねぇぞ。」 「そういうものではない、もっと恐ろしいものだ。」 「オソロシイ?おいしいのか。」 この阿保には何を言っても無駄だなと、ため息をつく桐生様。 「それにしても、良く食うな。若君や姫君は食が細いゆえ病がちで、すぐに熱を出したり寝込んだりするゆえ、白蓮様からお薬をいただいておるのだが、そなたの食欲を分けてやってほしいものだわ。」 「ああ?おらの、握り飯を分けてやれって?それはお断りだ。」 きっぱりと断る平太郎。 「そうではない。握り飯などいらぬわ。」 「いらないなら、おらが食べてやるからよこせ。」 「わしは握り飯など持っておらぬ。」 お互い話が通じない。 さて城に行くまでの道中、城下町を通るのだがいつもと様子が違う。平太郎が来たとみると町の者たちは慌てて戸を閉めたり店先の物を片付けて早々と店じまいをしていくので、いつもは賑やかな通りが人っ子一人いないという有様。 「えらく静かだなあ。町はニギヤカって聞いたけどよぉ。」 「いいから、さっさと歩け。城に行けば人はいる。」 「人はいなくていいけどよぉ。食い物はたっぷりくれよ。」 「わかったわかった。」 人のいない城下町を歩くというのは妙なものだなと、桐生様が思いながら歩を進めていく。なるほど、こういう風に人から恐れられるものならば、ひょっとしたら妖を何とかできるかもしれないなと思った時だった。 「た、たすけてっっ」 家の陰から子供がまろび出てきた。後ろには野犬の声が聞こえる。がうがう、びょうびょうという声からすると何匹もいるようだ。 「ああ?なんだ、おめえは」 平太郎にぶつかりそうになって、つまみあげられる子供。鼻先で獲物が消えた野犬たちは、平太郎に襲い掛かる。 子どもをヒョイと肩に乗せて、平太郎は犬どもを蹴散らした。文字通り、蹴って散らしたのである。蹴りがマトモに入った野犬は口から血しぶきを出して動かなくなった。他の野犬たちも、平太郎を襲おうとはするものの、そばに刀を構えた桐生様がいるので、遠巻きに唸るばかり。それを今度は平太郎が面倒とばかりに、転がっていた丸太をぶん回して野犬たちにぶん投げたので、慌てて逃げて行った。 残ったのは犬の残骸と平太郎と肩に乗った子ども、桐生様。 「吉、吉、大丈夫かい?」 家の陰から女が出てきた。 「おっかあぁぁぁ。うわぁぁぁん」 平太郎の肩から降ろされた子供が泣きだした。 「へ、平太郎なんかに関わるんじゃないっていったじゃないか。このばかっっ」 「うわぁぁん。」 「あぁ、いやいや。平太郎は、そちの子を助け・・・」 桐生様が間に入ったのだが女は聞く耳を持たない。 「馬鹿だねっっ、早く家に帰るんだよっっ。」 女は桐生様が言うのも聞かずに、子供の耳を引っ張っていってしまった。 「やれやれ。お前は嫌われておるのぉ。」 平太郎は蹴り殺した野犬を、ぶんぶん振り回していたが、すっぽ抜けて飛んで行ってしまった。 「しかし、なぜ童を助けたのかのぉ。」 平太郎は答えまいと思って独り言のようにつぶやいた。 「そりゃあ、おらより弱いからよぉ。当たり前だべ。」 「弱いものだから助けたのか。」 意外な答えを聞いたと、驚く桐生様。 「そーだ。白蓮様に言われただよ。お前は強いから、弱いものを助ける力があるってよぉ。」 「なるほど。」 「おら、白蓮様が困ってるときに助けてやっただ。」 「あの白蓮様をか。」 信じられないと思ったが、そこは飲み込んだ。 「そーだあ。おらが助けてやっただ。いまも助けてやってるだ。」 本当だろうか。とてもそうは思えないのだが。あの白蓮様が困ることなど想像もできない。 「何を助けてさしあげてるのか?」 「そりゃー、水汲んだりよぉ。お湯もおらが出してやっただ。」 「お湯とは?」 「なんだ、おめぇ、お湯を知らねぇのか。水の暖かいやつだ。」 「それは知っておる。」 「おら、寺の石を転がしたら湯が出てきてよぉ。白蓮様がびっくりしてただ。」 本当だろうか。よくわからん。しかし、あそこに湯が沸くとは初めて聞いた。湯が湧けば暖かいだろうから、いつも花が咲いているのはそのせいなのだろうか。 「ほかにも何を助けてさしあげてるのだ。」 「ほかにぃ?草をとってくるだ。キノコもとってくる。虫から生えてるキノコがいいんだと。」 「虫からキノコ?」 「薬なんだと。草も薬なんだと。おらしか知らん場所に生えてるからな。」 得意そうに胸を張る平太郎だが、桐生様は信じかねて首をひねっている。 「それで好きなだけ食べて、好きなだけ寝てていいっていうから、おら、あそこにいるだ。」 「なるほどのぉ。」 よく分からないが、白蓮様はこの阿呆を上手に使っているようだと言うことだけは分かった。が、しかしお城の妖をなんとかできるかというのは別の問題だろう。預かった書状に何がしたためてあるかは分からぬが、殿が納得するだろうか。いやいや、それがしはただの使い走りゆえ黙って書状をお渡しして殿が仰せの通りにするまで。 平太郎が2つ目の握り飯を平らげたころに、お城に着いた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加