若君と姫様

1/1
前へ
/9ページ
次へ

若君と姫様

城に着いたので、桐生様は下働きの下女に平太郎の足を洗って身なりを整えさせ殿の前に出せる格好にしてくれと言いつけて、白蓮様の書状を殿に持って行く。ついでに若君と姫様へのお薬も届けることにした。 お城と言っても殿さまや奥方様、お子様方が天守閣に住んでいるわけではない。本丸にある居所に家来や女中と一緒に暮らしている。奥方様は、その名前の通りに「一番奥に」住んでおられるので奥方様と呼ばれているのだ。 「お前は裸足で歩いてきたのかい?」 ウメが呆れたように平太郎の足を見ている。 「ああ、そうだ。」 「この小キタナイ足っっ。こんなところで洗うと、そこら中が泥まみれになるわ。こっち来なっっ。」 ウメに帯をグイグイ引っ張られて、大人しくついていく平太郎。着いたところは井戸だった。 「ほら、この井戸から水を汲んでっっ。その水を、このたらいに入れてっっ。」 いわれるままに、水を汲んでたらいに水をあける。水を張ったたらいのそばにしゃがめといわれて、素直にしゃがむ。 「手を洗って顔を洗ってっっ」 ウメに言われるまま、ざぶざぶと手と顔を洗う。すでに真っ黒になった水を捨てさせて、新しく水をくませる。 「この着物も、洗うかね。たらいに入れて、足でふみな。いいかい、百まで数えなよ。」 「おら、数なんかかぞえたことがねぇ。」 「ええい、じゃあ着替えを持ってくるまで足で踏んでな。いいかい。」 「わかったよ。」 意外と素直にうなずく平太郎。 下女のウメは、走って戻っていっていった。 たらいの中に足を突っ込み、ザブザブと足で着物を踏み洗いすると水は真っ黒。泥水のようになった。ザブザブバシャバシャ、段々と楽しくなってきた平太郎が調子に乗って力を入れて足踏みをしていると、バキッという音がしてたらいの水がみるみる減っていったが、平太郎はお構いなしで足踏みして、ついには歌まで歌いだした。 歌といっても調子っぱずれで、でたらめもいいところ。ふんどし姿で足をどすどすやってるところにウメが戻ってきた。たらいも壊れて、もともとぼろな着物だったものは、壊れたたらいで平太郎が踏みつけていたから、ビリビリで着物とは言えないものになりかかっていた。 「おい、お前っっ。なにやってるだね。あーあー、たらいをぶち壊しちまってよぉ。着物もビリビリになっちまってるじゃねぇかよ。もともとぼろの着物だったから、それはいいけどもよ。そこら中、泥まみれじゃねぇか。よけいに足がよごれちまってよ。全く、しようのねぇ。」 ウメがブツブツと文句を言う。 「おら、ちゃあんと言われた通り、おめぇが来るまで足踏みしてただ。」 「あーあー、悪かったよ。もぉなにもしなくていいからな。そのまま、待ってな。」 すっかり壊れた、たらいを呆れたように眺めてたウメだったが引き返して新しいたらいをもってきて、その中に入れた着替えや履物を手早く平太郎に着せ付けた。あしも洗ってやって、なんとかこぎれいな姿になった平太郎。 「馬子にも衣裳だね。なんとか恰好ついたかね。あとは髪は髷じゃなくて、ちょっと結ってやるか。」 大人しく着せ付けてもらってた平太郎だが、髪は勘弁してくれと逃げ腰。 「そんなざんばら髪で中に入れたら、おらが叱られる。」 「なんでおめぇが叱られるだ。おらは叱られねぇのか。」 ウメが叱られるのに、なんで俺が叱られないかと不思議そうな平太郎。 「おめぇは呼ばれて来てるからな。おらは、ここで働いておまんま食わねばだから怒られるだ。」 「それは気の毒だ。」 「じゃあ、大人しくしてな。」 なんだかんだ文句を言いながらもウメに大人しく髪を梳いてもらって少しは見られるように結んだ。 「まったく、この髪ときたら櫛を入れるのも難儀だわ。」 ぶつぶつ言いながらも、丁寧に平太郎の髪をとかしてやってぎゅっと元結で1つにまとめて終わりだ。 「まあ、これでちっとはいいべ。」 「そうか。なんか頭が窮屈だ。」 髪の毛をこんな風に後ろに引っ張って縛るのは初めてなのだろう。 「目がきゅーーっと後ろに行きそうだ。」 よく分からない文句を言う。 「しばらくすれば慣れる。とにかく桐生様がお待ちの部屋に連れて行ってやるから。あとは桐生様の言うとおりにするんだぞ、ええな。」 そうやっているところに、ちいさな足音が2つパタパタとやってきた。 「ウメ、桐生が連れてきた化け物退治の人ってどこ?」 「あれまあ、鶴千代様、亀千代様。こんなところに。奥方様に怒られますよ。」 ウメの言うことなど聞こえないのか、平太郎のところに真っすぐに走ってきた。 「そなたか?」 「ソナタってなんだ?」 「そちのことぢゃ。」 「ソチ?餅は好きだぞ。いくらでも食える。」 鶴千代と亀千代は顔を見合わせた。 「餅ではない。そちじゃ、そち。」 「餅はしってるぞ。そちは知らん。」 話が通じない。ウメが通訳をすることになる。 「おめぇさんが、妖を退治しに来たのかと聞いておられるのだ。」 「アヤカシって菓子があるなら食うぞ。」 ウメも呆れて通訳は無駄と思って黙ってしまった。鶴千代と亀千代も諦めて他のことを聞くことにしたようだ。 「名はなんというのぢゃ。」 「おらは平太郎だ。おめたちは?」 「鶴千代」 「亀千代」 ほぉほぉ、と子供たちの目線になって座り込む平太郎。 「鶴千代様、亀千代様、早くお戻りになってくだせぇ。こんなところにいるのが見つかったら、また怒られるべ。」 怒られるのがウメなのか、若君たちなのか、どっちなのかは分からないが、どっちも怒られるのかもしれない。 おろおろとするウメの言うことなど聞こえないのか、鶴千代も亀千代も平太郎にまとわりついて離れない。 「妖退治はどうやってするのじゃ?」 「いままで、妖を退治したことはあるのか?」 まとわりつきながら、あれこれと平太郎に聞くが平太郎は食うことしか頭にない。 「まだアヤカシは食ったことがねぇ。」 「おお、食ってしまうのか。」 「食ったら腹は痛くならぬのか。」 「おら、腹が痛くなったことなんかねぇ。」 「そうなのか。われはすぐ痛くなるのじゃ。」 しょんぼりする鶴と亀。ウメはとにかく早く桐生様がお待ちだから、早くいけというので、平太郎はよっこらしょと立ち上がる。 「じゃあ、おらが連れて行ってやる。」 平太郎は肩の上に鶴千代と亀千代が乗せて、のしのしと歩きだした。きゃあきゃあと、平太郎の首にしがみつき楽しそうに奥の方に歩いていくのをウメはあっけにとられて見ていた。 「あんなに楽しそうな若様たちを見たのは初めてだよ。いつもつまらなそうに黙って大人しくしているのが、嘘みたいだね。」 ウメはちょっと平太郎を見直していた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加