長鳴き鶏と池の鯉

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長鳴き鶏と池の鯉

コォケコォッコォォォォォ・・・・・ 普通のニワトリの何倍も長く鳴く「長鳴き鶏」を、家老が妖よけといって持ってきた。 「古来より時を告げる鶏は、魔を払うと言われてますからな。」と得意そうだったが、下女のウメは鼻で笑った。 鶏が鳴くのは夜が明けるからで、夜が明けたら大抵の妖は消えるもんだ。というのが、ウメの言い分だった。面倒な生き物の世話が増えたといって、ウメが文句を言うのも無理はない。 「もぉあの鶏、うるさいのじゃ。」 「せっかく寝ているのに。うるさいのじゃ。」 ぶつぶついうのは鶴千代と亀千代。 「そぉか?俺は全然、聞いたことが無いぞ。鳴き声。」 「もぉ、平太郎ってあの声聞いたことないの?」 「グーグー寝てるもんなあ。平太郎」 最近は、寝るのも平太郎と一緒じゃなきゃ嫌じゃと駄々をこねている鶴千代と亀千代。平太郎ときたら、夕飯を食べたらすぐに横になって高いびき。朝ごはんができたと言われるまで、ぐっすり寝ている。 鶴千代も亀千代も、平太郎のいびきは気にならないらしい。 3人で川の字というか小の字というか、平太郎を挟んで両脇に寝るのがいいらしい。もちろん3人とも寝相は良くないので、寝るときは小の字だけど、起きたときはなんだかよくわからない状態だ。なにしろ寝間といっても、広くて布団を3組敷いても転がり放題。いつだったか、平太郎が転がった拍子にふすまをぶち抜いて隣の部屋にまで行ってしまって、控えていた者たちが「すわ、妖か」と刀を抜きかけたことがあったくらいだ。 ふすまをぶち抜いても、平太郎は相変わらず高いびきで寝てたらしい。あまりの肝の太さに控えの間の者たちも呆れていたとか。 「あの肝の太さなら、妖がきても寝ているだろうよ。」という陰口を言うものもいたくらいだ。 桐生様も、平太郎がぶち抜いたふすまを朝になってからご覧になってお部屋係の者たちに謝っておられたそうだが、平太郎はどこ吹く風。 「こんなものがあるから、仕方ねぇ。おら、寝ているときに目は閉じているからよぉ。」と、訳の分かったような分からないようなことを言っただけだった。 殿もそれをきいて「もっともである」と言っただけだということなので、平太郎は特に怒られることもなかった。 「そんなに大事なものなら仕舞っておけばええだ。穴は紙で塞げばええだ。おら、白蓮様のところでやったことがあるぞ。上手だと褒めてもらったからな。」 ならばと、紙とノリと刷毛を渡してやったら、ノリをそこら中に塗りたくり、紙をでたらめに貼って仕上げとばかりに、そばにあった硯の墨をぶちまけてべたべたと手形をつけて「終わったぞ」と言ったときには、部屋中が大惨事だったのは言うまでもない。もちろん鶴千代と亀千代も、こっそり手形をつけていた。 「見つからないように井戸で手を洗いにいこうぞ。」 「顔にも墨がついてるよ、鶴千代。」 「亀千代だって。」 「平太郎、一緒に井戸に行こう。」 「ああ、井戸で水遊びか。ええなあ。」 「遊ぶんじゃなくて、手と顔を洗うんだ。」 「わかったわかった。おらは水汲んでやるからな。」 平太郎が一番、墨で真っ黒になっていたが、鶴千代も亀千代もとにかく平太郎といれば機嫌がいい。 井戸に行くついでに鶴千代と亀千代と3人で長鳴き鶏のいる勝手のそばの鳥小屋に行ってみることにした。 「ナガナキドリってなんだ、ニワトリか。」 平太郎はがっかりしたようだった。 「長く鳴くニワトリなんだって。」 「それだけか。」 「それだけだと思う。」 「旨いものかと思ったによぉ。菜っ葉の漬物とかよぉ。」 「なんで菜っ葉の漬物なんだ。」 「飯に巻いて食うと旨いからなあ。」 鶴千代と亀千代は、二人で顔を見合わせて笑った。 「平太郎は、ほんに食べることが好きじゃなあ。」 「まこと、食べることが好きじゃな。」 「あたりめぇだ。食べることが嫌いなもんはおるめぇ。」 鶴千代も亀千代も首を傾げたが、何も言わなかった。 「ここけ?ニワトリがいるのは。」 「ニワトリじゃなくて、長鳴き鶏じゃ。おや、なにもおらぬ。」 「おらぬなあ。」 よく見るとニワトリ小屋の戸が少し開いていた。 「ここから出てしまったのかのぉ。」 「出てしまったに違いないの。」 「なんだ、いないのか。」 「平太郎、探しに行こう。」 「行こう、平太郎。」 「面倒だなあ。」 「探して捕まえたら、握り飯を一杯食べさせるから。」 「そーじゃ、探したら握り飯じゃ。」 「それなら、探すべ。」 3人で探しているうちに、コォーケコッコォォォという声が聞こえたので行って見ると、庭の大きな池のところに出た。 池には見事な錦鯉が何匹も泳いでいたが、その池の周りを囲んでいる石の中で一番大きな岩のてっぺんに、たかだかと声をあげて鳴くニワトリがいた。三人からは、丁度池の反対側だった。 「あれじゃ、あれが長鳴き鶏じゃ。」 「うん、あれじゃな。」 「よし、捕まえてやる。」 平太郎は、あっという間もなく池に飛び込んで真っすぐに岩にとりつこうとしたが、途中で足をとられたか大きな水しぶきを上げて水の中に。 鶴千代と亀千代が慌てて池のそばに行こうとしたときに、大きな鯉を抱えて、平太郎が池から上がってきた。 「こいつ、デカくてうまそうだな。」 「平太郎、鯉じゃなくて長鳴き鶏を捕まえるのじゃ。 「そーじゃ、まだあそこにおる。」 「ええ、もぉ鯉でええじゃないか。」 「あれを捕まえないと、握り飯はなしじゃ。」 「そーじゃ、なしじゃ。」 それは困ると、平太郎は鯉をほうりなげて鶏のいる岩をグイっと持ち上げようとした。もちろん、長鳴き鶏は、さっと飛びあがって羽ばたいたかと思うと平太郎の頭の上に乗って、高らかに鳴いた。 「おい、おらの頭の上ででけぇ声だすなや。うるせえぞ。」 手で払いのけようとしたので岩はゴロンと転がって池の中に水しぶきを上げて沈んだ。すると、岩の陰にでもいたのか、大きなヒキガエルがひょこッと現れて、平太郎の足元をぴょんぴょんというか、ノタノタと歩いていくのを長鳴き鶏がエサと思ったのか、平太郎の頭から飛び降りてガシッと掴んでソバの塀の上までバタバタと、羽ばたきながら行ったかと思うと塀の向こうに消えていった。 「あーあ、長鳴き鶏が行ってしもうた。」 「いってしもうた。大きいカエルも持って行ってしもうた。」 池のそばで三人が大騒ぎをしているのを、ウメや桐生様が見つけたときにはすでに長鳴き鶏も大ガエルもいなかった。 ただ池の端の大きな石が、池の中に沈んで頭を少し出しているのと、黒く汚れた平太郎が鶴千代さまと亀千代さまを肩に乗せて井戸の方に行くのを見ただけだった。
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