三すくみ

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三すくみ

さて平太郎がお城に行って一月ほどたったころ。 白蓮様からの書状がお城の桐生様に届いた。 それを読んだ桐生様が、それを殿に見せると「なるほど。あい、わかった。平太郎に好きなだけ米を持たせよ。」といって、平太郎は薬王寺に返されることになった。 その日、鶴千代と亀千代は平太郎と別れるのが嫌じゃと駄々をこねたが、薬王寺まで歩いてこれるようになったら、遊びに行けばいいと桐生様になだめられた。 翌日、殿から城にいた妖は三すくみの悪い気が城に立ち込めていたせいであると、白蓮様からの書状を皆に見せて、妖はもう出ないときっぱりと殿からのお達しが出た。 三すくみと言うのは「蛇がカエルを食べ、カエルがナメクジを食べ、ナメクジはヘビを襲う」というもので、この3つの生き物がいると、お互いがお互いに食う食われるということになって、身動きが取れなくなることである。 平太郎が来てから、桜の木にいたヘビは退治され、池に住み着いていた大ガエルは長鳴き鶏がどこかに持って行ってしまい、盆栽の鉢にいたナメクジはお庭係が片づけたので、城に怪異を起こしていたものどもはいなくなりましたゆえ、ご安心を。というような内容であった。 「まこと、平太郎が来てからは妖はでなんだよなあ。」 再び薬王寺の茶室にて白蓮様に茶をたててもらったのをいただきながら、桐生様はひとりごちた。 「ほほほ。そうでございましょうとも。」 口元を袂で隠しながら、白蓮様が楽しそうに笑った。 「ほんとうに、ヘビやカエルやナメクジのせいだったのでしょうかなあ。」 「おや、お疑いですか桐生様は。」 ちょっと心外というような顔を向ける白蓮様に桐生様はちょっとタジタジ。なにしろ、毎日お城での平太郎の様子や、起きたことを必ず知らせてくれということで逐一知らせていたのは桐生様だ。 「いや、その。それがしはヘビもカエルも見ておらぬのでなあ。」 「ナメクジもですか?」 「すっかり綺麗にかたずけた後だったのでなあ。源三から桜の木が腐って洞ができていたところにヘビがいたに違いないという話は聞いたし、桜の木も見てはいる。たしかに根元近くに大きな洞ができておったわ。あのまま放っておいたら、いずれにしても木が倒れていただろうということであった。」 「さようですか。」 にこにことしながら、白蓮様も自分でお茶を点てて今日の茶菓子はアズキをタップリ乗せた牡丹餅をいただく。 「先日いただいたコメで作りましたゆえ、おいしゅうございますなあ。」 お抹茶も飲み干して、飲み口を拭ってお茶碗を置く。流れるような所作に桐生様が思わず見とれてる。 「それで?」 白蓮様が先を促すと、桐生様が慌てて話をつなぐ。 「長鳴き鶏は見ておるし鳴き声も聞いておるが、それが大ガエルをつかんで、どこかに行ってしまったのは見ておらぬ。」 「鶴千代様と亀千代様は見ておられたのでしょう。」 「うむ、ヘビもみた、カエルも見たそうだ。平太郎とな。」 「ならば、良いではありませぬか。」 なにが不服なのかと、首をかしげる白蓮様。 「しかしナメクジは源三とお部屋付きの女中だけが見たのじゃ。平太郎が盆栽の鉢をひっくり返した時に鶴千代様も亀千代様も後ろを追いかけていたので、鉢が壊れるのは見たがナメクジまでは見ておらぬ。」 「さてさて、なにか不都合でしょうかな。」 面白そうに桐生様を見る白蓮様。 「白蓮様、こうなることがお分かりだったかのようでな。」 「まさか。わたしくは一介の庵主でございます。薬になるものは少々心得があるというだけ。」 「ならば、なぜ平太郎をよこされた。あのものが妖退治するようには思えませんぞ。」 「平太郎はのぉ、われらのように縛られておらぬのじゃ。だからこそ理外のものである妖には、役に立とうと思うてな。」 「縛られておらぬ・・・。」 「そうじゃ、こうあらねばならぬ、これをしてはならぬ、こうするのが普通だ、私たちはいろんなものに縛られておりまする。特に侍、武士というご身分の方は。」 「それは確かに・・・しかし、そういうものが無ければ無法の世の中になってしまいますぞ。」 「たしかに、桐生様のおっしゃるとおり。無法の世では、皆が困ります。が、あれもこれもと縛られているのも辛うございませぬか?」 「たしかに、窮屈ではありますが、それは致し方ないことでは。」 「そこですよ。妖が出るもとは。」 「どういうことですかな、窮屈が妖のもととは。」 白蓮様は、ついと立ち上がって掛け軸の前に進んで座った。 「これは平太郎が書いたものですが、なんに見えましょうな?」 「はて・・・」 なんに見えると言われると困るような、落書きのほうがまだ意味が分かるような代物だった。文字ともいえず、絵ともいえず、ただ墨をこぼした上を筆か刷毛で、でたらめになすったようにしか見えない。 しかし、どことなく何かを感じる気もする。懐かしいような、暖かいような。何と言ったらよいものかと考えあぐねていると、白蓮様が口を開いた。 「これは私には春の風を感じるのですよ。お笑いになってもようございますが。」 ああ、と桐生様は膝を打った。 「なるほど、春の風。それがしは、なにか暖かく懐かしいものに思いましたが、確かに。」 桐生様は、良くお判りになってらっしゃると白蓮様がにっこりする。 「もちろん、他のものに見えてもよろしいのです。私たちは決められた作法の中で物を考えようとする。しかし平太郎は違うのです。あれにはこの世で本当に大事なものが詰まっていると私は思っているのですよ。」 「はあ。」 分かったようなわからないような声をだす桐生様。 「ところで鶴千代さまや亀千代様は、いかがなされてます?」 話を変えるように、白蓮様は桐生様にお尋ねになった。 「平太郎殿が帰ってしまって、しばらくは泣いておられましたが夜も添い寝は要らぬと、乳母やお付きの者は隣の部屋に下がらせて寝られるようになりました。前のように、怖がったりもしなくなりましたなあ。平太郎が壊したふすまも、取り換えぬようにと仰せで。」 「なるほどのぉ。ふすまは平太郎が直したのであろう?」 「直したというか、紙をべたべた貼って墨で手形をつけたようなものなので、見栄えが良くないので新しいのにしたいのですがなあ。」 「平太郎の魔除けじゃと思ってくだされ。」 愉快そうに笑う白蓮様。 「それにお食事も良く食べるようになりました。食事係のものが驚いておりましたな。」 「そうですか、それは良うございましたな。」 「平太郎殿の食べっぷりを見たせいですかなあ。」 「そうかもしれませぬな。」 「前に比べて良く寝て良く食べて丈夫になられた気がします。」 「何よりでございますな。」 「たしかに平太郎殿のおかげかも知れませぬなあ。」 「妖もいなくなったことですし、めでたしめでたし。それでよいではございませぬか。」 そんな話をしているところに、寺の子どもたちが茶室の外から声をかけてきた。 「庵主さま、手習いが終わったから平太郎の湯に行ってもよろしいですか?」 「ああ、いっておいで。ちゃんと握り飯を1つ持って行くのですよ。」 「はーーい。」 平太郎の湯?はて、なんのことだろうと思っていると白蓮様が 「桐生様も、入りに行かれるとよい。いい湯ですよ。」 「風呂ですか?」 「平太郎が、ここに来たときに大岩を転がしましてな。そこから湯が沸いて出たのです。おかげで冬も暖かく過ごせます。」 「初めて聞きました。」 「ささ、この牡丹餅が1つ残っております。これをお持ちなされ。平太郎に渡せば入らせてくれますよ。」 白蓮様に勧められて、入るかどうかは別にして湯のあるところくらい見ておこうかと子ども他の後を追う桐生様。 「さて、それではドクダミが乾いたころじゃ。次の薬草を用意せねばな。お城の若君や姫君は、もうお薬は要らぬであろうが、他のものには入用じゃ。」と楽しそうに、茶室を片付ける白蓮様であった。
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