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今の私に、光と呼べるようなものが残されているのかどうか、そこにこそ興味があった。
失っても尚、その事に気付けないかもしれない。だが、失ってみなければ死ぬまでその存在を知ることもないだろう。
ならばいっそ、失ってみようではないか。いや、失ってみたいと言う強い願望が確かにある。
両の手で瓶をしっかりと握り、右手を強く捻ると、思いの外簡単に蓋が外れる感覚が掌に残った。
瞬間、微かな磯の香りと共に、深い闇が瓶の口から立ち上り、部屋の中を漸次的に移行しながら広がって行く。
***
あれから二週間になるが、私の身にはついぞ何も起こらなかった。
男が詐欺師であった可能性も否定は出来ないが、それは男が私から金銭を受け取った場合のみ成立する筋立てだ。
金銭を受け取らずに絵の具のみ置いていった彼に、最早何の得が有るというのか。
そして私も何も失う事はなかった。
それは幸運な偶然の産物であったのだろうか。
それとも、元より私は闇の侵食を受け入れる程の光を持ち合わせてはいなかったという事か。
いや、寧ろ、ずっと以前から私は既に、闇の侵食を許し、それに染まりきっていたのかもしれないのだ。
【黒は漸次侵食せり ─ 完 ─ 】
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