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「悪いが私はあんたと違って至って堅実な男でね、本来なら昨日今日会った男から、出どこも分からぬような品物を買う事はしないんだが、そんな面白い話を聞かされたとあっちゃあ、買わないわけにもいかんだろ。
ここに一円と二十銭ある。これでその『深海の黒』とやらを頂こうじゃあないか」
冗談じゃないと怒るのかと思った。
全部買うのを前提に値段を言ったはずなのだから。
バラなら多少は値段が高くなるのが道理と言うものだ。私はそれを分かった上で値踏みをしたのだ。
だが、男は余程に嬉しかったのか、二つ返事でそれを快諾した。
もぎ取るように銭を受け取ると、早速大事そうに懐に抱えていた巾着の中から、小瓶を一つ取り出した。
神代から深海に封じ込められていた邪悪な黒は、海上に引き上げられ、分離、濃縮される事で解き放たれ、名前を持ち、独自の身体を得た。
それは我々の平和な日常に何食わぬ顔で溶け込み、次第に侵食し、やがては人の心に闇を拵える。
黒が侵食し切ってしまえば、最早何色をもってしても塗り替える事は叶わないのだろう。
いや、或いは白ならばと思い、その事を男に告げてみた。絵の具に『白』はないのかと。
白ならば、闇に侵された男の五感を中和させられるのではないかと考えたのだ。
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