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男はそれでも悪びれる風でもなく、顔色一つ変えないで続けます。
── なるほど、それもそうでございますな。近頃では初等学校でもそのくらいの事は教わるんでございましょ? ですがね旦那、騙されちゃあなりません。
実際は海水をそのまま煮詰めてできる塩ってのは青いんだ。あんな風に綺麗な白にはなりっこない。
それで、舐めると塩っ辛いのに、ラムネのように甘い味が混じるんですよ。
夜の海水はってぇと、これがまた黒くてね、焦げ臭い炭の匂いが残っちまう。苦いのなんの、食えたもんじゃありませんよ、旦那 ──
手前だって信じた訳じゃあありませんよ? ですが、あんまり真っ直ぐな目で、臆面なく話すもんですから、ひょっとしたらそんな事もあるのかもしれねえなぁ、なんて少し思っちまったんですよ。
── 熊野灘の黒潮。
遠州と熊野は黒潮で繋がってる。謂わば兄弟分でございますよ ──
男が買い付けて売り歩くその絵の具ってのは、海塩、塩の工場から採れる副産物なんだそうで。
黒潮ってのは元来、塩分含有量が比較的少ないもんですから、副産物だって多くはないそうなんですがね、それでも、どうにもこの黒潮でなくっちゃならない理由ってのが、この絵の具売りの拘りってやつでございましょう。
その黒潮を煮詰めて出来るのが、その絵の具だって、そう言うんでございますよ。
さっきも申しました通り、海水ってのはそのままだと不純物が残って、煮詰めたところで、色も味もよくはならない。
まずは遠心分離機でもって塩水と色水、丁度半分に分けます。
塩水の方は御存知の通り、最終的には塩になりますがね、さてその色水っていうのはお聞きになった事がございますまい。
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