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「……雨、止んだね」
ぽつりと彼が言う。
雨が止んで、雲の隙間からひとすじの光が差したら、それがいつものお別れの合図だった。
けれどいつもと違って、彼は座り込んだまま動かない。
ほどこうとしたネロの腕を引き留めて、落ち込んだような声で小さく呟いた。
「……帰りたくない、な」
さびしげなその声に疑問が浮かぶ。
「そうなの? 帰りたくないの?」
「……うん。ぼくの大切なものはもうネロしかいないし、新しく大切なものができても、また壊されちゃうから……」
暗い表情で重い声を出す彼の言葉に、ネロはいいことを思いついた。
「なら、ずっとここにいようよ。ずっとネロと一緒にいようよ」
そう提案すれば彼は目を丸くし、それから震えるくちびるを開いた。
「……いい、の?」
「いいんだよ。ここにいていいんだよ」
だって彼は帰らなくて済むし、ネロはずっと彼と一緒にいられる。
悪いことなんてひとつもない。
怖がらせないように優しく、ヨシヨシと頭をなでる。
雨に濡れた髪は重く、べっとりとしている。
「ここには何もないけど、何もないよ」
ネロの言葉に、腕の中の彼はハッと息を呑んだ。
「だから、だいじょうぶ。何もないから、だいじょうぶ」
「だい、じょうぶ……」
ネロの言葉を繰り返すように彼は呟き、不安げな表情でそっとネロを見つめてくる。
「……ネロは、ずっとここにいてくれる? 誰にも奪われないで、誰にも壊されないで、ずっとぼくの友だちでいてくれる?」
「もちろんだよ。ネロは誰にも奪われないし、誰にも壊されないよ。だからきみも、ずっとここにいてね」
彼の背中をなでながら聞けば、彼は安心したようにふーっと息を吐き出した。
「……うんっ! ぼく、ずっとネロの隣にいるよ!」
そう言った彼は初めて嬉しそうな、楽しそうな顔を見せて、いつの間にかネロと同じまっくろの姿をしていた。
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