働き疲れた午後も推しが尊い

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 人前では、あえてキャラ名を口にはしない。  当時、沼った勢いで仲の良い子に喧伝して、残念な人扱いを受けた記憶も新しい。わざわざ人前にさらすのは自重している。自衛のために。  だけどテーブルを挟んだ先から伺うような視線。当時、この人にも胡乱な目で見られて、もう何年になるだろう。  周囲の、思い思いの喧騒。だけど浮き彫りになる無言の間。 「……センセーも、ほんっと、変わんないよね」  ようやくの声色は。 「なんか安心感だわー」  ニヤニヤ、笑みを作る。そう、別にこの程度の趣味、白い目で見られる事じゃない。 「変われなくてイヤになるって言ってたんですけどー?」 「アハハっ、いーじゃん嬉しいよ変わんないでいてくれるとこ」  そんな和んだやり取りは、店員さんから注文の品で遮られる。残念ながら、私の方のじゃないようで。詳しくは忘れた、長い名前のパスタ。 「先食べててよ。私、もうちょっとカモミールに浸ってたい気分」  適当に口にして、辻褄合わせにカップに口をつける。甘く濃厚な口触りは、正直、言われた通り重いのだけれど。ほのかに香る、馴染みの香りは、純粋に心が安らいで好きだった。 「あ、そうだ、忘れない内に。来月の反省会はお休みで」  そして、思ってない話題にすぐ目線を上げる。 「遠征なの。有給も使って」  さっきと同じような、だけどもっと生き生きとした笑み。これは、きっと。 「推しの? 今度はどこ?」 「名古屋。チケットそっちので当たって」  私のあえての質問に、さらなる笑みでの返答。耳元の髪を撫でる仕草。  紫色は推しの担当色。ここへ来たのだって、その、すごく名前の長いパスタが推しのコラボメニューだからだとか。 「いいじゃん、頑張ってきて」  他愛もない本心。返ってくる笑顔は咲き誇るようで。あぁ、報告したくて仕方なかったんだな、だなんて無粋な感想は、安らぐ残り香ごと飲み込んでおく。  紫色は、今の推しのイメージカラー。  高校時代は逆に珍しいほどの金色で、進学せず就職すると言い出した一瞬だけ地毛に戻して、それからメッシュが、赤、ピンク、青……。  いつまで経っても、だなんて言ってる私は、何も変われないのに。  だなんて。置いていかれた気になったのは、私の注文分がなかなか届かないから、だろう。空のカップの残り香を、懐かしむように確かめる。 「ほんっと、推しのセンスが良すぎて今日も尊いわ……」  向かい側で弾むような声。私は、不意の溜め息を笑みで覆い隠した。
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