0人が本棚に入れています
本棚に追加
人前では、あえてキャラ名を口にはしない。
当時、沼った勢いで仲の良い子に喧伝して、残念な人扱いを受けた記憶も新しい。わざわざ人前にさらすのは自重している。自衛のために。
だけどテーブルを挟んだ先から伺うような視線。当時、この人にも胡乱な目で見られて、もう何年になるだろう。
周囲の、思い思いの喧騒。だけど浮き彫りになる無言の間。
「……センセーも、ほんっと、変わんないよね」
ようやくの声色は。
「なんか安心感だわー」
ニヤニヤ、笑みを作る。そう、別にこの程度の趣味、白い目で見られる事じゃない。
「変われなくてイヤになるって言ってたんですけどー?」
「アハハっ、いーじゃん嬉しいよ変わんないでいてくれるとこ」
そんな和んだやり取りは、店員さんから注文の品で遮られる。残念ながら、私の方のじゃないようで。詳しくは忘れた、長い名前のパスタ。
「先食べててよ。私、もうちょっとカモミールに浸ってたい気分」
適当に口にして、辻褄合わせにカップに口をつける。甘く濃厚な口触りは、正直、言われた通り重いのだけれど。ほのかに香る、馴染みの香りは、純粋に心が安らいで好きだった。
「あ、そうだ、忘れない内に。来月の反省会はお休みで」
そして、思ってない話題にすぐ目線を上げる。
「遠征なの。有給も使って」
さっきと同じような、だけどもっと生き生きとした笑み。これは、きっと。
「推しの? 今度はどこ?」
「名古屋。チケットそっちので当たって」
私のあえての質問に、さらなる笑みでの返答。耳元の髪を撫でる仕草。
紫色は推しの担当色。ここへ来たのだって、その、すごく名前の長いパスタが推しのコラボメニューだからだとか。
「いいじゃん、頑張ってきて」
他愛もない本心。返ってくる笑顔は咲き誇るようで。あぁ、報告したくて仕方なかったんだな、だなんて無粋な感想は、安らぐ残り香ごと飲み込んでおく。
紫色は、今の推しのイメージカラー。
高校時代は逆に珍しいほどの金色で、進学せず就職すると言い出した一瞬だけ地毛に戻して、それからメッシュが、赤、ピンク、青……。
いつまで経っても、だなんて言ってる私は、何も変われないのに。
だなんて。置いていかれた気になったのは、私の注文分がなかなか届かないから、だろう。空のカップの残り香を、懐かしむように確かめる。
「ほんっと、推しのセンスが良すぎて今日も尊いわ……」
向かい側で弾むような声。私は、不意の溜め息を笑みで覆い隠した。
最初のコメントを投稿しよう!