一人の帰り道も推しが尊い

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一人の帰り道も推しが尊い

 車の乗り入れにも困る辺鄙な場所に住んでいるから、いつも離れた駐車場から歩く羽目になる。  こんな間に頭に浮かぶのは、結局、仕事でのミスのこと。そして。 ──犯した過ちは消せないから、  今まで何度聞いただろう。大好きなキャラの、一番好きなセリフ。 ──これからを正しく生きるんだ。  反芻して、今、私の正しさとは何かを思えば……とりあえず背筋が伸びる。  例えば中学とか高校の頃。気になる人ができて、特別親しい間柄だとかじゃ、なかったとしても。  猫背になって溜め息交じり。そんな情けない自分を出したくない、って。つい身を正しちゃう、あの感じ。  その人に映る自分、映せる自分を、想う。そこに次元の壁も、実在非実在の境界線もないのだと今は思う。  推すものの存在は、人にひけらかせずとも、本気で私の支えになっている。  例えば今、しゃんとして、曖昧だった意識が鮮明になる程度に。  そんなせいか、スマホが通知を告げる音まで聞こえ、反射的に取り出してしまう。歩きながら。あぁ、結局私、胸を張れないな。流れで画面を見遣る。  おやすみなさい。  そんな、男の子が布団で眠るSD絵のスタンプ。例の推しのものだった。  無事に帰れた。あと、レスは焦らなくていい。あたりの意味か。存外、マメな人で。  そんな意外な律儀さが、田舎の職場で馴染む秘訣だったと聞いた事がある。  おばあちゃんっ子で、勤め先の工場(こうば)に入り浸っていたから、自然と同じ職を選んでいたらしい。  大雑把に見えて、例えばテストには嫌々でも向かいあう性根の真面目さ。あと人当たりの良さ。今や同業他社を交えたイベントでも役をもらえているという。  年配ばかりのこの町で髪色を気にしなくて良い、ある意味でおおらかな環境。そんな、二回りほど浮世離れした会社に、有給休暇の制度を浸透させたりもして。  推し事の遠征と言いつつ、似た業種の実情も見て回るとか。  私が大学でフワフワしている間に、いい意味で、すごく変わっていってしまった。そんな気がしていて。  彼女からの通知を、既読がつかないように除ける。流れでネットのブラウザへ。なんでもいいけれど、何かを見たい気分だった。少し焦っている自覚がある。やっぱりこんな姿、見せられたものじゃないな、って。  自虐的な思考が、だけど一瞬、空回りする。  検索履歴のサジェストか、興味がありそうな見出しが並ぶトップページの、一番上。  二次元推しあるある。中の人、声優さんの関連ニュース。 ──体調不良による活動休止のご報告。  明確なはずの言葉が、目を逸らせないのに、頭の中に入ってこなかった。
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