眠れない夜でも推しが尊い

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眠れない夜でも推しが尊い

 お化粧を落としたあとディスプレイの前に座る時は、所定の位置を心がける。分かる人には、よく伝わるだろう。  そうして腰掛ける、少し斜めの指定席。自分の部屋。 ──突発性難聴。  有名人絡みで聞き覚えのある症状。しばらく私のスマホにその関連の記事が出てくるのだろう。どこか他人事のように、思う。 『──それなら』  こんな私の耳元に、声。 『今まで、一体……なんのために……ッ!』  周囲が気になる気質の私は、ワイヤレスのイヤホンでその音を拾っている。流しているのは、件のゲームの、実況動画だった。  人気のVチューバーによる初見配信の動画版。闇堕ちしたあの人が本音をぶつけるシーンで、物語としても実況としても神回と評される人気の回。未だにコメントが更新されていて。  きっと声優が活動を休止する話題も見えるのだろう。コメント欄を排した全画面化なのに、私は動画から目を背けてスマホを見遣る。  聴覚の不調。  理解が追いついた時、私は正直、ホッとしていた。  推しキャラの、中の人。声の担当。  耳なら。声じゃないなら。そんな心無い事を、思っていなかったと言えば、きっと嘘になる。  スマホをスクロールする。表示されるのは、その突発際難聴の症状について。 ――片耳の難聴や耳閉感。一時的な耳鳴りや眩暈を伴う場合もある。  原因はウイルス感染や血流障害の他、ストレスなども。  自分の声が響き、発声に影響を及ぼす事も――  全部、難聴に関する症状だ。耳も、心も。声も。私の身勝手な安心すら幻想だった。 『今更、もう……やり直せないよ』  そして思い出したように、耳元に響くゲーム内の声。ダメだ、集中できていない。こんなだから、いつまで経っても私は。私の思考が私を責める。何度繰り返しただろう。 『でも……本当は、ずっと……っ!』  そして思考が泳ぐ間にもシーンが進む。涙が混じるみたいに声が震えた。  すぐ。もうすぐ、彼は。  光が射す。  私も、その瞬間にどれだけ救われただろう。そう。何度も救われてきた。愚直に生きてもいい。変わってもいいのだと──  今更、ふと思う。彼のようには変われない私が、何の勇気を貰える資格があるのだろう、と。  瞬きを忘れる間にも画面は変わる。目が眩む様な白。知らない間に置いていかれた。なぜだろう、数時間前の友達の事を思い出していた。 『うん。やっぱり』  そして、声。あまり耳に馴染まない声。実況をしているVチューバーさんの、感情を抑えたような声色で。 『コイツはやっぱり報われるべきなんだって』  それでもまるで、自分を重ねたかのような感慨深さが滲む声。この人も、きっといつかの私みたいに自身を投影させながらゲームを実況していたのだと、そう思わせる声色だった。  元、アイドルの研修生。そんな設定のバーチャルを纏う人。そして配信の端々に滲む業界の実情がリアルで、本当にその界隈の関係者かと実しやかに囁かれている。  そんな紆余曲折を経ただろう人が、何か自身を重ねたほどの感情移入。ゲームの展開自体も相まって、神回と呼ばれる評判のパート。私も、好きな回だった。 『ちゃんと見てるから、これから、やり直してこうな』  どんな情緒を込めた声だろう。ホワイトアウトする画面と実況者さんの声を聞きながら。  私は無意識に、どこか反射的に。動画のアプリを閉じていた。
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