眠れない夜でも推しが尊い

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 変わりたくない。  本当はずっと心のどこかで、そんな事を思ってもいた。  例えば、会うたびに髪色を変えて、新たな推しへ移ろう友達に。少しの軽薄さを覚えていなかったと言えば、嘘になる。  それでも、今は何が好きなのだと胸を張る様子に、憧れのような羨ましさを感じていたのも、嘘じゃない。それが『変われない私が悪い』と思う裏返しだったとしても。  私も全く変わろうとしなかったわけじゃなかった。もしも変わった方がいいのなら。  別の、今を生きる何かを好きになった方がいいのなら。そんな思いで、好きになれそうな何かを探した事もあった。  それこそ今の動画の実況者さんだって。何の気なしに見た先で名前があれば追ってしまう程度に。合同のゲーム実況企画で優勝候補に挙がっていた時なんか、嬉しく思ってしまった位だ。好き、になれるのかもしれない。  けれど、新しい何かを追いかけて、変わってしまう事が。大好きだった、大切だったものを置いていってしまう事が。  昔の私ごと置き去りにしてしまうようで、怖くて。  寂しくて。私は、ディスプレイの傍らに添えていたゲーム機を起動していた。  元々ゲームに熱心な方じゃない。社会人になってからは猶更。だからこのゲーム機は、高校時代にハマったソレ専用だ。流れで進めて、セーブデータが並ぶ画面へ。 ──コイツはやっぱり、報われるべきなんだって。  挫折からの再起。過ちからの王道。そんな彼に、私も惹かれた。それは間違いない。けれど。  目を伏せる。  黒。  セーブデータの一番上には、彼が道を踏み外していた間のものを残してある。  彼にハマるにつれて私は、その、闇堕ちしている頃の姿にこそ好感を抱いていた。だって、ほら。  報われるべき彼ですら、間違いを犯した。正しさから外れていた。  だから、私だって。  私だって、いつか。  それが自分勝手な幻想だと、心のどこかで分かっていた。そして。  手癖でデータロードを選んだ後。私はまた、ミスを犯したのだと気付く。  目当てのセーブ欄が一番上だからと、雑に決定ボタンを押下していた。選択肢は、もう一つ上。一時セーブの中断データに合わさっていた。  最後にこのゲームをプレイしたのがいつだったか、すぐには思い出せない。ただ、目当てのシーンに飛ぶ可能性なんて無いくらいに低い。  また間違えた。これだから私は。そうして嘆く間にもデータのロードが終わり、画面が映る。  再起してからすら、ずいぶん進んだ所。ゲーム内ですべき事を全て終え、それでも自由に関われる、最後の一幕だった。
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