眠れない夜でも推しが尊い

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 リセットすればいい。  過ちなんて正して、今度こそ間違わないように。頭では、そう思っているのに。  このミスを受け入れて進める事が、こなすべき罰の気さえして。あぁ、何か自虐がループしている。そう思う間にも私が操作する主人公が、その世界で、彼に話しかけた。  自戒だけが、理由ではなくて。 『今まで……本当に、さんざん迷惑をかけた』  そして彼の話し声。毒気が抜け凛とした、耳に馴染んだ憧れの声色。  散々遊んで、動画も漁って、浸り尽くした世界にて。意外にも余り耳に馴染まないセリフだった。  最後の自由時間。ゲームとしては、クライマックスと大団円を前にした状況。  一番の見どころも、エンドロールも、まだ少し後になる。だから余り見ない、盲点のような一幕に、今更興味が湧いていた。  (主人公)への感謝が並ぶシーンだと分かってはいる。けれど具体的にどんな言葉で告げたのかまでは思い出せない。それは、もう望めないと思っていた新鮮味に似ていた。  けれど。 『それでも見捨てずに、ここまで導いてくれたことを……』  何気ない言葉が、私の胸を刺す。  見捨てなかった。導いた。  道を踏み外した彼の姿に安心感を得ようとしていた私が、受けていい言葉じゃない。 『今では誇りに思うよ。本当に……ありがとう』  違う。そんなキレイな話じゃないんだ。私はただ、自分勝手な共感に浸りたかっただけ。違う。 「違うの──」  そして、声。私の声。知らない間に溢れていた。  イヤホンで塞いだ耳に、ひどく心地悪い響き方をした。  突発性難聴。私はひどい事を思った。これは報いだと胸の奥が軋む。神さま。私は、変われないと思った。  誰か、助けてほしい。そんな自分勝手に切羽詰まった間。  それでも。  私の声の余韻を塗り潰すように、彼の、微笑むような声がする。 『だから今度は、こっちの番だ』  画面の中に、影もないような笑顔が映る。 『どんな些細なことだっていい。頼ってくれ。お前を支えたいんだ』  いつか、耳を滑ったはずの言葉が、優しくて。  こんな私でも? 声を出す事が怖い私の、思いだけが、溢れそうになる。 『どんなお前でも、受け止めるよ』  その気持ちすら汲み取ってくれたみたいに。まるで初めて聞く言葉が。  ううん、本当は分かっている。今までだって何回も、彼は同じ言葉を投げかけてくれていた。その声を聞き入れなかったのは、私の方で。  ゲームの中の彼は、何も変わらない。変われない。  だけど、だから分かった。  同じ言葉が今になって、こうも響いたように。私も変わっていたんだ。自分自身すら知らないうちに。  変わらない彼が、気付かせてくれた。そしてきっと、変わる私から見た彼も、そうして変わっていくんだ──  知らない間に私は、前のめりになっていたのだろう。  画面が暗転、ほんの一瞬だけ、黒く染まる。  所定の位置より、遥かに、画面寄り。  そこに、お化粧を落とした私の顔が、ハッキリと映り込んでいた。  思わず姿勢を正す。部屋の空気も、心に渦巻いていた熱も、一気に冷めた。そんな感覚だった。  気付けば、何に悩んでいたのか分からなくなっていた。思わず苦笑いが浮かぶ。妙な声が塞いだ耳の内側に響く。  ほんの一瞬で、こうも変われた。でも、こんな気分だって錯覚で、寝て起きたら元の私に戻っているかも知れない。全く違う私になっているかも知れない。  そうやって結局、少しずつ変わっていく。そして。  変わらないはずの彼の、知らない面だって、まだ見つかるかも知れない。あと3年、いや5年は変わらず推す事ができる。だなんて思っている私は、光堕ちなんて似合わないかもしれないけれど。
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