つまり結局推しが尊い

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つまり結局推しが尊い

「センセー、ほんっと変わんないでいてくれてありがたいわ」  の反省会。前と同じ席の向かい側で染み染み語る声が喧騒に溶ける。  で、どういうこと? そんな質問込みの目線の先、彼女はパスタをグルグル巻き取りながら、何やら目を伏せていた。 「高校の時にアタシ、留年しそうって絡みもないのに泣きついて、センセーほんと親身に教えてくれたじゃん。なんかメモとかまで用意しててさ」  そして、纏まらない言葉を噛み砕くように、パスタを一口、噛みしめる間を置いて。  就職内定後の、留年の危機。家から追い出されかけていたと後で聞いたっけ。まあ、親身だメモだとかは、自分が間違えた復習の使い回しだった……だとかは伏せておこう。頷くついでに、私は目の前のカップに口をつける。  ハニーカモミールラテ。やっぱり夕食の前に重いというかクドい味だけど、この安らぐ香りは、本当、掛け替えがないと言うか尊いと言うか。 「それでアタシ、雑に決めた仕事でフラフラしてるのに。センセー、大学行って、スーツ着るような職場で、ちゃんとしてて」  そんな間にも、向かいで話が続く。 「なのにこう、アタシに付き合ってくれて……ほら、うん」  すぐに言葉が途切れるけど、なるほど、何を言いたいのか分かった気がする。 「どうせ見学先の責任者さんがスーツ着てて気後れした、とかでしょ?」  推しの遠征がどうなったのかは知らないけど、有給で都会を見て回って、そのピシッとした感じに気圧された、とかなんだろう。  面接時だけ髪色戻したり、職場の体制を見直そうとしたり、案外、本来のイマドキみたいな在り方に引け目を感じるタチだから。そして眼の前ではしおらしく頷いて、勢いで、短めの髪が揺れる。  いつの間にか、ブラウン地に一筋だけ、地毛よりも真っ黒な房がある。  まるで今の私みたいな。 「……ところで、その髪」  率直に問う。  意味ありげな頷きで、黒より黒い黒髪が目立って揺れる。 「見つけちゃったの、運命!」  そして、うん、笑顔が弾ける事も分かっていた。目の前でクルクル絡ませるパスタも、何かのコラボメニューだったはず。  とにかく、思わず笑う。無い物ねだりもお互い様なのかも知れない。  改めてラテに口をつける。真っ白な水面は、真っ黒な画面みたいに私を映しはしないけど、なんだか飾った、だけど今の自分の笑みが見えた気がした。  相変わらず私のメニューだけが遅れて、待ちぼうけなのだけど。そんなペースも私らしいや、だなんて思う。好きなキャラの好きな香りが尊い夜。
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