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セリザワマコト
それから十分ほど待たされてドアがノックされた。
「お待たせして、すみません」
そう言いながら白衣の医師が部屋に入って来た。
医師はシャーカステンのスイッチを入れてレントゲン写真を挟み込み、椅子に腰掛けた。
「芹澤麻琴さん」
「はい……」
「これがあなたのレントゲン写真です」
言われなくても分かってる。
「子供の頃、肺炎になった事がありますね」
「えっ? あっ……はい。小学生の頃インフルエンザを拗らせて」
「そうですか。それ以外は綺麗な写真ですよ」
「はぁ? どういう事ですか?」
「申し訳ありませんでした。先日お見せしたレントゲン写真は芹沢誠さんという七十四歳の男性の方の写真でした。こちらのレントゲン写真の管理の手違いで本当に申し訳ありません。何とお詫びすればいいのか」
頭の中が真っ白になった。…………。しばらく言葉が出なかった。
「じゃあ……。私は肺ガンではないんですね?」
「はい。とても健康的な体ですよ。保証します」
全身の力が抜けた。だったら、この十日間の私の悲愴なまでの決意は? どうしてくれるの?
生きられる。私は死ななくていいんだ。
「あのう……。もう一人のセリザワマコトさんは?」
「それは、あなたが心配する事ではありませんよ」
「でも……」
「この件はこれで忘れてください。勝手な事を言って本当に申し訳ありません」
「いいえ……」
「きょうはこのままお帰りになって構いませんよ。お会計も、ありませんから」医師は席を立った。
私も、もうここに居る必要もない。ドアを開けてくれて部屋を出た。
すると隣りの部屋から出てきた医師と患者?
「芹沢さん、大丈夫ですよ。治療に専念しましょう」
七十代と思しき男性は
「もう子供たちも独立してますし、連れ合いは二年前に亡くしております。この世に心残りはありませんから」
「芹沢さん、そんな弱気でどうするんです? 医学は日進月歩。どんどん進んでいるんですよ。最適な治療を一緒に考えましょう」
「宜しくお願いします」そう言ってセリザワさんは頭を下げた。
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