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 喫茶店ラルムが開店してから5年。  店主によると元の世界で経営していた店舗をできるだけ再現することができたのだとか。  人々は疑問に思っているが、何故か夜は経営せず昼間のみの営業している。 『ひとりでやっているので』  店主に問えばいつもそう答える。  誰かを雇えばいいのではないかと思ったりするが、「異世界くらいは気楽にやりたいからね」と言っていたようだ。  カランコロン――。  まず入口に飾られた鈴の音が、お客様が入ったことを店主へ伝える。 『いらっしゃい』  その頃には日はもう傾いて、西の空は夕焼けに染まっていた。  店主が「もう今日は終わりかな」と店じまいを始めようとした時に来店する。 『こちらの席へどうぞ』 『ありがとう』  それが私、マリナ=ヴァスティア。  白と黒の服が店内の雰囲気と混ざって好印象。そんな店主(マスター)が案内してくれた席へと腰を下ろす。 『こちら、メニューになります』  座ると木目調の表紙で作られたメニューを渡された。  受け取って表紙を(めく)ると文字は読めるのだが、書いてあるメニューはどれも聞いたことのないものばかり。  もうひとつページを捲れば、ようやく聞いたことのあるメニュー、馴染のあるメニューが書かれていたりした。  でも、せっかくであれば食べたことのないものを試したい。 「ぱ……ふぇ?」 『そうですね。表現するならとても柔らかい“クリーム“とひんやりしていて甘い氷、そこに果物を飾り付けた料理になります』  店主の言うパフェには、その前に“ぶるべりーふう“や“ちょこれーふう“などと書かれている。きっと、それによって飾り付けが違うということでしょう。 「どれがおすすめ?」 『それなら、初めはイチゴパフェがおすすめです』 「わかった。それにするわ」 『よろしければ、お飲み物もいかがですか?』  飲み物と言われて、「そんなメニューあるの?」というようにページを捲って戻してをしてみると、『こちらです』とメニューを捲って教えてくれた。 「そうね……」  “どりんく“と書かれた部分がどうやら飲み物のようだ。  だが、これも“まっちゃ“や“かふぇおれ“となんだか魔法で使われそうな名前のものが多く記されている。 「うぅ……これもおすすめは?」 『そうですね……』  すると、さっきとは違って何やら考える店主。   『おすすめはありますが…………でも……』 「ん?」  すごく考えているマスター。  しばらくすると、 『抹茶を使った飲み物でどうでしょう』 「私はそれが何なのかわからないけれど、マスター。本当のおすすめがあるのではなくて?」  先ほどとは異なり、自信のなさそうな素振りでメニューを示したマスター。  だが、迷っていた雰囲気からすると“何かを隠している“ように思えてしまった。  自慢ではないが、私は人を見る目があるつもりだ。 『おっしゃるとおりです。ですが……』 「なんていう飲み物?」 『…………“コーヒー“という飲み物です』 「こーひー?」  どうやら本当におすすめしたいのは“こーひー“という飲み物らしい。  それならそう言えばいいのではと思ってしまうのだが、おすすめをおすすめしないという不思議な理由があるらしい。 「それにしようかな」 『おすすめ……で、よろしいですか?』 「はい」 『その……店主としてはおすすめなのですが、当店で最も不人気なメニューになります』  聞いた私は一瞬考えてしまった。  店主のおすすめなのに、最も不人気でおすすめしないという矛盾したメニュー。そんなものがあるなんて誰が想像するのか。 「おすすめなのに?」 『はい、私としてはおすすめしたいメニューです』 「不思議ね。いいわ、それをとりあえずお願い」 『かしこまりました』  マスターは軽くお辞儀をして、カウンターの内側に設けられたスペースで準備を始める。  木材を多く採用した内装は心地よく、心を落ち着かせるのに適している。暖色の明かりが店内を照らしている。  周りを見れば店内に私以外のお客様はいない。  閉店が近いからかもしれない。 『大丈夫ですか?少し怪我をされているようですが』  背を向けてカタカタと道具を扱うマスター。  私を退屈させないからなのか、心配してなのか、そんなことを聞いてきた。 「わかってしまった?」 『はい、包帯が見えたもので。その服装、冒険者としてもかなりの腕かとお見受けしますが』 「こう見えても王城にいますもの」  実は、私はこのリューシュタイン国の王城にて騎士長を務める存在だ。  普段、表に立つことはあまりないため、街の人間にはあまり認識はされていない。  しかしそれは、私にとってかなり好都合だ。  今回のようにお忍びで街の様子を見て回ったり、“エルゼ“なんて偽名を使って冒険者業をやってみたりするのは楽しい。  恐らく気づいているところもあるのだろうが、皆見なかったことにしてくれていると思われる。  こういうように、王城をこっそり抜け出すことが私の楽しみになっている。 『なんと……』 「お忍びだから気にしないで。内緒内緒」  騎士長とは思われないように服装は変えている。   よくいる冒険者の服とはならないが、強力な魔物の素材で出来た装備だ。  金色の長い髪。これは王城では後ろに結んでいるのだが、お忍びの時は結ばすに過ごしている。  良くも悪くも優秀な冒険者ということになっている。 「戦った魔物が強敵だったから。まぁ、酷くはないが」  右肩部分に負った傷。  服に隠れるように包帯をしたつもりだが、動いている間にずれて包帯が少し顔を覗かせていた。 『おまたせしました』  そんな話をしていれば、あっという間に時間は過ぎる。  でなくても、かなり早いとは思うがマスターの腕が良いのだろう。料理を運んでくれた。 『いちごパフェになります』 「おぉー!」    まず、目に入るのは王城でも見ることが少ない細長いお皿。  しかも白く濁らずに、透明なガラスを曲げて作られていた。  その上にはいくつかの果物が、雪山や雲のような見るからに柔らかい土台に飾り付けられている。 「これは見事……」 『ありがとうございます』  その美しさについ見入ってしまう。  店主は一度カウンターの内側へ戻る。 『飲み物、今出来上がりますので』と言って、道具のカタカタという音を響かせている。  そして――。
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