7人が本棚に入れています
本棚に追加
店主おすすめになります
『お待たせしました』
“カタン“という音を鳴らしながら、店主は私の前に見慣れない食器を置いた。
『店主のおすすめ、“コーヒー“になります』
「……こー……ひー?」
それは綺麗な白いお皿と、その上に置かれたスープ用と思わしき器。
一般的にスープ用として使われるものとは少し形状が異なり、底が細くなっているため容量は少ないように見えます。
容量が少ないということはそれだけ希少で高級ということなのかもしれないが、美しい器に注がれた液体はそう見えない……。
「…………まるで魔女のスープ」
『注文されたお客様は、揃ってそう言うのです』
「…………これは……」
真っ白な器とは反対に、真っ黒な液体が注がれている。
漂う匂いは酸味があり、これもまた独特だ。
こんな禍々しい液体が店主のおすすめというのは疑いたくなるその見た目。
『注文された方々は、「こんなものは飲み物ではない」「飲めない。毒だ!」と良く言ったものです』
「毒……ではないのでしょう?」
「もちろんです。毒などではありません」
微笑みながら店主は答えた。
毒だと疑うのも当然だ。この国、いやこの世界にこんな禍々しい液体を提供する店があるだろうか。
それも、これをおすすめと……。
『他のメニューに変更しますか?』
「飲んだ人はどういう感想を?」
『残念ながら、飲まれた方はいません。見た目からか、皆さん手を出すことなく、メニューを変更されますので』
「だとしたら……」
私がこれを飲めば、初めて飲んだ人間ということになるのだろう。
隣に置かれている“いちごぱふぇ“なるものは、素晴らしい。見た目から食べたいと思わせてくる。芸術の世界だ。
それを手掛ける店主がおすすめというのであれば、飲んでみるべきだろう。
「いえ、いただきます」
『はじめは“ブラック“、えっと……そのまま味わうことをおすすめしますが、お口に合わないと思ったらお申し付けください。ミルクをご用意しますので』
「わかった」
とは言ったものの、すぐに手は出せなかった。
酸味の強い匂いからなのか、その見た目からなのか、手が小刻みに震える。
「ふぅ……落ち着け……大丈夫」
取っ手を握って器を持ち上げる。
恐る恐る顔に近づけ、その液面を覗き込むと自分の顔が映し出されていた。
真っ黒な液体――。
「よし」
私は覚悟を決めて、黒光りスープに口づけをした。
最初のコメントを投稿しよう!