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「…………っ!」
見るからに悪魔のスープのそれを一口。
口に広がるのは生まれて初めての苦い味。
『に…………苦いっ!!なにこれ?これがほんとにこの店おすすめなの?とんでもない味じゃない!』
今にも口から溢れそうになる言葉たちを抑えながら、飲み込まれそうになる黒い水面を見つめる。
「…………っ!」
『あ……えっと……、お口に合わなかったですかね。ミルクを用意しますので、少々お待ちください』
心配だったのか、私の様子を見て、"ミルク"を用意してくれた。
慣れた手つきでミルクと細かい結晶を"こーひー"に入れて混ぜる。すると真っ黒な水面はミルクによって濁され、白に近い色へと変化した。
「これは……」
『苦手な方はこのようにして楽しむのですよ』
見た目が変わり、簡単に口に運ぶ事が出来た。先程の禍々しい印象は頭に浮かんだが、抵抗は感じなかった。
「美味しい」
『ありがとうございます』
甘くてまろやかな味わいになっていた。
しかし、私の中にある負けず嫌いな部分がそれを許さない様子だった。
「でも……」
『そのままで飲めなかったことは、悔しい』そんな感情が湧き出てきて。甘くて美味しいけど、心はそこまで落ち着かなった。
「いえ、なんでもないわ」
とは言っても美味しいことは確か。
残りのぱふぇと一緒に、私は食事を楽しんだ。
―――――――――――――――――――――
「ごちそうさま」
どれほどの時間が過ぎたのかわからない。
すべて食べ終わると、私は席を立ってお金を払う。
『またのご来店お待ちしております』
後は王宮へ帰るだけだ。けれど、あのお店にはまた行きたいという思いが頭から離れなかった。
今まで見てきた常識から離れた世界が扉の向こうに広がっていた。
「ぱふぇ……美味しかったわ。でも、あのこーひーというのは……」
こーひーが飲めなかったことはとても悔しい。
見た目と味はとても良くないが決して毒ではない。
「でもなんか、身体が楽になった気がする」
不思議と、こーひーを口にしてから身体が軽い感じがしていた。疲れも吹き飛んだようでもう少し戦えそうな気分でもある。
「戻ったわ」
『おかえりなさいませ』
王城を抜け出すことを、誰にもバレずにというはさすがに無理な話だ。
お世話係を務めているメイドの協力があって抜け出せている部分がある。
「あ、そういえば」
着替えるためにベッドへと腰を下ろして、身につけている服を脱いでいく。
その際に、怪我をしていることを思い出した。喫茶店での事で忘れてしまっていたその怪我なのだが、思えば痛みも感じない。
怪我を負ってから数時間が過ぎているからと言っても、痛みと違和感がが全く無いのはおかしい。
私はその包帯を解いた。
「ん!?えっ!?」
包帯を取ると、驚くべきことに傷がなくなっていた。
すぐに治るようなものではなかったはずだ。回復の薬なんて擦り傷くらいにしか即効性はない。
それがなんと、消えているではないか。
「傷が…………ない?どういうこと?」
どう見ても、傷の跡すらない綺麗な肌がそこにあるだけだ。治癒の薬は飲んでいないし、ここまで完璧に即効性があるものはこの世に存在しない。
謎は深まるばかりだが、何かあるとすればあの店しかなかった。
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