ある少年との出会い

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ある少年との出会い

 「…あー、ダメだな、こりゃ」  肩に担いだ、ローリングスの金属バット。  ため息まじりにそう呟くのは、八重歯の際立つ赤い瞳の鬼。  サンタモニカ丘陵のリー山の一角にある、「ハリウッドサイン」の文字の上に座りながら、”彼女“はスマホを片手にメジャーリーグの観戦をしていた。  耳から垂れ下がったイヤホンの横にはツートンカラーの髪が靡き、『LA』のロゴの入った青い帽子が、ツノの生えた頭の上で午後の日差しを浴びていた。  彼女は、球団創設以来のドジャースファンだ。  仕事そっちのけで野球観戦など日常茶飯事。  ——そう、それは今日もだった。  ハイウェイシリーズの第2戦目。  ロサンゼルス放送局でも中継中のこの試合を、『MLB.TV』で視聴していた。  月額24.99ドルの有料コンテンツだ。  「なんでここでアイツを出すんだよ…」  「アイツ」というのは、中継ぎ投手の“スアレス”という選手で、ここまでのシーズン成績はリーグ平均以下とあまり振るっていない。  3日前の試合でもそうだったが、3対2とリードしている場面で登板し、逆転のホームランを浴びてしまっていた。  しかも、下位打線にだ。  今日の試合もリードしている場面での登板だった。  前回と違って3点差はありながら、回はまだ7回。  何が起こるかわからない場面だった。  「…ジジ…ジジジ…。…おい、ナナ!聞こえてるか?」  無線のスピーカーから、怒鳴り散らすようなガラの悪い声が聞こえてくる。  聞こえてくるなり、彼女は無線機の電源を切った。  クイっと帽子を後ろ向きに被り直し、口に咥えたチュッパチャプス。  ハリウッドサインの「L」の上であぐらをかき、祈るようにスマホ画面に顔を近づけていた。  大事な局面だったからだ。  「うっさいぞへっぽこ上司」  ドジャースの帽子をかぶっている、“サンタモニカ在住”の鬼。  ——そう、彼女は、「ナナ・キャット」と呼ばれる捜査官だ。  無線機の向こうで叫んでいる男は、彼女の上司、「スペンサー・クロシェット」という捜査官である。  彼はDEAと呼ばれる犯罪捜査機関の特別捜査官であり、上級捜査官の1人だった。  ナナが所属している現場対応チーム『ヘブン・バーンズ』の主任でもあり、元ロサンゼルス市警の巡査部長。  一応彼女の“上司”という立場になるが、上下関係はあってないようなものだった。    
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