黒い企業

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 客の大群を捌く。朝から大量のオーダーを受けると、一気に現場が混乱する。朝一からただでさえない体力を消耗する。なんとか声を張り上げて皆を鼓舞するが、その実自分への𠮟咤激励だったりする。この時点でスタミナの半分以上を費やす。だが、これはまだ序の口なのだ。本番は昼間のピークにやってくるのだから。  徐々に従業員の面々がやってくる。最大で二十人ちょいくらいはこの狭い店舗に集結することとなるが、その殆どがアルバイトだ。社員は僅か三名しかいないので、その分担量は相当なものだ。平日は交代交代で休むが、休日となると全員集合となる。皆体力の限界まで消耗しきっているので、その目は血走っており、気性はかなり荒くなる。僕は一番の下っ端なので常に八つ当たりの対象となるのだ。 「おい、なんでこれやってねぇんだよ!」 「あ、すみません」  いつものやり取りだ。客を回すのに手一杯で頭に回す力なんてないので、確かにケアレスミスは多い。必要以上に指摘されて朝から怒鳴られるのである。まぁこれくらいならまだマシな方で、機嫌が悪い時は胸倉掴まれることもある。以前はそれでボタンが弾け飛んだ。流石にその時はこちらもムッとしたが、逆らっても無為な時間が増えるだけなので、公にするのはやめた。  なんとか昼間の戦争を終えると、今度は従業員たちが帰り始めるので、面子の調整をしなければならない。大勢いればどうにかなるものを、と思うが人件費の観点からみれば仕方ないのかもしれない。ここで渋滞でもつくろうものなら第二第三の叱責が飛んでくるので、こっちも必死だ。死ぬ思いで客を捌いてゆくと、いつの間にか日は暮れ、辺りには闇夜の前兆が訪れる。こうなってくると、今度はディナータイムとなり、またもや混雑が始まるのである。  ちなみに休憩時間は、あるにはある。まぁ名目上の休憩時間ではあるが。当然呑気に身体を休めたり、食事をする時間などない。貯まったデスクワークを片づけたり混雑時のヘルプに駆り出されることもあるので、実質休憩出来るのは五分、十分くらいか。煙草一本吸えればいい方で、最悪それすらもない。わざわざ休憩時間を昼間の時間に設定されることもある。当然そんな時にノコノコ休憩に出れるはずもなく、生産性ラインに入らざるを得ない。  さて、ディナータイムすら乗り越えると、後は徐々に閉店作業へと移行してゆくことになる。この頃になってようやく単純な労働時間(残業込みではある)は終わりを迎えるのだが、やはりというべきか、帰宅出来たりはしない。むしろここからが仕事としての始まりだ。これまでのはあくまで生産性の消費であり、社員はそこから自分の作業を開始するのが常であるのだ。社員として割り振られた仕事をゾンビのようにこなす。尚、この時食事をさらっと済ます。  ディナータイムも終焉を迎える頃合いに合わせて、こちらの作業も終えるように手筈する。だが、やっぱりこれで終わりではない。帰るには上長の許可がいるのである。先輩より先に帰ってはならないという暗黙の了解があるのが常識であり、それを打ち破るにはそれなりの演技と完了させた業務という証拠が必要なのだ。諸々をひっさげ、頭を下げて帰ってよいか?と確認をとる。運が良ければそれでOK、無罪放免となるが、大概はあれこれ理由をつけられて仕事を押し付けられる。今日はなんとか当たりを引いた。  締めて労働時間十二時間と少々、これが日常である。繁忙期だとこれに十時間追加されて二十二時間となることもある。  疲れ切って死んだ身体に再度ムチを入れて、帰宅する。尚、帰宅タイムは同時に睡眠時間となることもある。直線コースが多い道を選んで、数秒目を閉じては開けてを繰り返す。うっかりすると事故を起こすので、気が休まらない。なんとか駐車場まで辿り着くと、そこで本格的に身体を休める。時にはそこで長めの睡眠をとったりもする。疲労にピークが訪れるのがこのタイミングなのだ。  起きれない時はそのまま朝まで寝ることもあるが、今日は二時間程度で起きれた。のっそり車から降りて家に向かう。食事は済ませてあるので、後は風呂に入って寝るだけだ。  風呂からあがって布団に包まる。この寝るまでの一瞬が至福の時間であり、生きる活力を産む唯一の存在ともいえる。自由にしていていいのである。これがどれほど贅沢なものかと実感するのである。  うとうととなりながら、いつの間にか夢の国へと誘われる。  こうして僕の一日は終わりを迎えるのだった。  完
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