記憶を辿って

1/1
前へ
/40ページ
次へ

記憶を辿って

 ジョンとオズワルドがベンチに座ってからすぐ、トーコは駆け足でこちらに来るのが見えた。 「オズワルドさんっ! お父様っ! 遅くなって、ごめんなさい!」  トーコがベンチの前まで来ると、息を切らしそうにして謝った。  頭にティアラを付けたままだったからから、少しだけズレている。トーコは呼吸を落ち着かせようとしている間に、手でティアラを定位置に持ってこうとした。  その時、オズワルドの視線を感じて、トーコはすぐに彼の方を見た。  オズワルドはトーコと目が合うと、微笑みながらサラリと言葉を発した。 「……似合っている」 「へ……? そう? まあ、正装だと全身が重かったから、ティアラだけは部屋に置いておきたかったけど、時間が無かったかなぁ……」  普段とは違うトーコの姿を見て、オズワルドは王宮の近衛兵だった頃を、自然と思い出したのだった。  彼が近衛兵になったきっかけは、伯父の剣術教室に、偶然オスカーが訪れたことである。オズワルドは他の生徒よりも群を抜いて、剣の使い方が上手かったそうだ。  それだけでは無い。元々体力がある上、誰よりも冷静で素早い判断ができるからであった。    それらの理由があって、彼は十五歳の若さで、近衛兵になることを、オスカーから勧められた。  しかし、オズワルドは王宮の生活に、なかなか慣れることができなかった。彼は元々、(にぎ)やかな場所は非常に苦手であったからだ。  また、他の近衛兵と比べて圧倒的に若かったからか、特務として国王陛下専任の護衛を頼まれた時期もあったためか、皮肉にも周りからは嫉妬(しっと)の対象となっていた。  それ故、常にヒソヒソ話しながら遠巻きに見られたり、避けられたりして、完全に孤立していたのだった。  彼の心が休まるのは、一人になれる時くらいだったから、普段は周りの目を気にし過ぎて、毎日何となくピリピリとしていた。  そんなオズワルドだったが、気にかけていた人物が一人居た。  慣れないティアラを頭に付け、長い丈のチュニカを着て、今にも泣きそうな顔で、王族が集まる食事会にヨロヨロと向かう幼い少女を、オズワルドは王宮の廊下(ろうか)で、繰り返し見かけたのだった。  その少女の姿が、(いま)だに悲しい過去を引きずり、感情を殺すように過ごしていた()()()()()()()()()()。 (声をかけてみたいが、彼女とは親しい関係じゃねーからな……)  周りの人々が経験したことの無いような特殊な悩みを、彼女も抱えている気がして、どうしても目が離せなかった。  時は流れ、ある日……。オズワルトは気にかけていた少女を、馬小屋の前で見かけた。  その時、彼女は珍しく楽しそうに、馬の頭に優しく触れていたところだった。 (なんだ……、ちゃーんと笑えるじゃねーかっ!)  それから、山岳警団に転職して数年が経ち、オズワルトは偶然、彼女と再会することになった。  彼女の家に招かれた時、彼女は、昔に王宮の馬小屋で見かけた時と同じ笑顔を見せてくれた。思わず胸が高鳴って、何だか甘いような気持ちになったのだった。 (綺麗(きれい)になったな……。あと、淡い思慕なんかじゃねーみたいだ、コレは――)  その時、自分は彼女に()かれているのだと、オズワルドは気が付いたのだった。  体がボロボロになろうが、それでも構わない。彼女のためなら何だってしたいと、強く思わずにはいられなかった。  だから今、()()()()()、自分を夫として迎えてくれることとなり、オズワルドは本当に満たされる心情であった。 「俺の横に座って、少し休め」 「うん、ありがとう。……お父様っ! 報告が遅くなって、本当にごめんなさい……」 「いいんだよ、トーコ。本当に良かったね。……オズワルドくん、これからもトーコのことを頼むよ」 「もちろんです」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加