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収穫祭(1)
あっという間に十月に入り、収穫祭の時期がやって来た。
収穫祭は、ハンゲツ王国の行事の中で、一番盛大に行われる祭りだ。開催期間は、ちょうど一週間である。
各村々では、大きな鍋で作られた様々な料理が、無償で村人に振る舞われる。
空地には、大量のテーブルとイス、あと敷物が置かれ、人々は開放的な気持ちで、飲食を楽しむことができる。昼間から、ブドウ酒を飲むことも許されている。
そして、イシヅミ町では、数多くの屋台が並び、ものすごく賑わっている。町中は、とんでもなく人口密度が高くなる。
開催期間が長いため、数泊しつつの屋台巡りが目的で、村からイシヅミ町まで来る者も居るという。
村々と同じく、町の人々も昼間からブドウ酒を堪能しているが、うっかり道端で寝てしまう者が多いらしい。それ故、町の警団員たちは大変忙しいようだ。
ちなみに、迷惑な話だが、ブドウ酒製造業者と飲食店は、今の時期は書き入れ時だそうだ。
また、毎年一度だけ、王宮の正面にある広々とした庭が開かれて、一般人も自由に行来することができる。
そこでは、王国と長年親交があるタイヨウ皇国の酒が、これまた無償で振る舞われる。コメという穀物と、コメを発酵させて作られたものからできた、『セイシュ』という酒だそうだ。
収穫祭の初日、トーコはエドガーに乗って、一緒に王宮までやって来た。
日の出より少し後、人々が起き始める頃に、エドガーたちは乗馬場横の空地に降りてきた。エドガーがうたた寝がてらの休憩をし始めると、トーコは後宮の部屋に向かった。
トーコを含めた王族の血筋の者たちは、来賓として、収穫祭に毎年招待される。
と言っても、国王陛下に顔を見せるだけ……で、いいらしい。詳細な決まりも無いようだ。
まあ、それぞれの仕事や家庭等の事情があるから、国王陛下に挨拶をしてから、すぐに家に帰っても問題は無いらしい。
トーコは後宮の部屋に入ると、木のテーブルの方に行った。
テーブルの上に置いてあった、ガラスの容器の水を小さなカップに注ぐと、一気に飲んだ。そして、カバンの中に入っていった、持参したパンとチーズをゆっくりと食べ始めたのだった。
今日も、清々しいくらいの秋晴れだ。
トーコは朝食を食べると、しばらく窓から青空をボーと見ていた。しかし、大きな欠伸をしてハッとすると、急いでティアラ無しの正装に着替えたのだった。
厠に行くために、トーコは一旦部屋を出た。そして廊下を通り、早歩きで王宮の敷地、端の方に向かった。
厠から出ると、トーコは近くの中庭に居たオスカーに気が付いた。
彼は黄色い葉のカエデの木の下で、ベンチに座って、ゆったりと休んでいるようだった。
トーコは、オスカーの傍に行くと、「オスカー様、おはようございます」と挨拶をした。
「おはようございます。……おや、もう正装に着替えたのですか?」
「はい。できるだけ早いうちに、国王陛下にご挨拶しようかと」
「良い心がけですね。……ああ、もうそろそろ私も動かないと。国王陛下のところに、貴女も一緒に行きませんか?」
トーコが「そうですね、行きます」と返事をすると、オスカーは立ち上がって、彼女と横に並んで歩き始めた。
「……そーいえば、オスカー様にお聞きたいことがありまして――」
「はい、何でしょうか?」
「オズワルドさんとジュリアン様って、もしかして……仲が、良くないんですか?」
トーコが眉を下げながら聞くと、オスカーは苦笑いをした。
「そうですねぇ……。二人とも、今も女性たちには人気がありますね。王子は常に侍女に囲まれていますが、オズワルドもよく遠巻きに見られているようです。
……まあ、チヤホヤされるのが好きな王子だけが、随分と気にされていて、オズワルドに対して、勝手に敵視している感じでしょうか……」
オズワルドもジュリアンを全く無視していないのは、トーコも薄々気付いていた。
外見も性格も違う、色男同士が華やかな場所に居れば、揉め事が起きない訳が無い。
「なるほど……」
トーコが質問の答えを聞いて、納得したのだが、気が付いた頃には、アイザックの執務室の前に着いたようだ。
オスカーと共にアイザックに挨拶をした後、トーコは再び後宮の部屋に向かった。
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