婚姻のお披露目

1/1
前へ
/40ページ
次へ

婚姻のお披露目

 花嫁の待機室の前に行くと、トーコはドアをノックした後、恐る恐る部屋の中に入った。 「失礼いたします……」  すると、部屋の中のドア近くに、見知らぬ中年の夫婦が立っていた。正装の一部に飾りの生花があったので、きっとソフィアの両親だろう。  ソフィアの両親と目が合うと、トーコは緊張しつつも、礼儀正しく挨拶(あいさつ)をした。  その後、部屋の奥、化粧台の前を見ると、花嫁衣装を着たソフィアが満面の笑顔で立っているのに、トーコはすぐに気付いた。 「トーコちゃんっ! 来てくれて、ありがとうっ」  トーコは「ご結婚おめでとうございます」と伝えると、ソフィアに近寄った。  そして、ソフィアのいつもとは違う姿を、ものすごく感激したのだ。 「ソフィア様、とってもステキですねっ!」  後ろの(すそ)が長い、純白の上品なドレスを着ていた。まとめられた淡い金色の髪には、白系の生花が付けられたベールを(かぶ)っているようだ。 「褒めてくれて、ありがと♪」 「ジュリアン様も、見られたんですよねっ?」 「うん、さっきまで居たよ〜。今は、侍女たちに花婿衣装を見せに行っているんじゃないかな?」 「ええっ!? うぅ〜ん、ジュリアン様らしいけど……。ソフィア様がっ、こんなに、本当にっ、すっごくお美しいのに、反応があっさりしすぎてるよーな? ……あっ、もし変なこと言っていたら、申し訳ありません……」  神妙な顔になって(うつむ)いたトーコだったが、意外にもソフィアは始終笑みを絶やさないままだった。 「いいのよ、気にしていないしねっ。アイツが不特定多数の女の子と遊び歩いていた理由は、前々から知っているわ。教養やら(まつりごと)やらの猛勉強で疲れ果てていたことは、尋常(じんじょう)じゃないくらい辛くて反動しちゃったのよ……。イザベラ様は、ミア様が生まれてから、世話が大変過ぎて、息子の相談相手にならず、放置しっぱなしだったから、ずうっーと後悔してるって、言っていらっしゃったわ。  ……まあ、ミア様は、ジュリアン以上に活発みたいだから、乳母や侍女たちだけでは、世話しきれなかったらしいしね~。お兄さんと年が離れている分、元気過ぎるみたい」 「……そうだったんですね……」 「それに、正式に入籍(にゅうせき)したら、流石に仕事量が増えるから、イシヅミ町には簡単に出歩けられなくなるし。あまり見かけない髪色だから、町の人にも顔を覚えられてるだろーから、出しゃばったことは自然と控えると思うし。……まっ、浮気とかあまり心配していないの。『旧知の仲』って、そんなものよ?」  しんみんとした話をして、一旦無言になったソフィアだったが、話し終わってすぐに目を丸くして、少し慌てた様子になった。 「あっ!! 部屋の外に居る人たちにも、早く挨拶しなきゃっ!」 「私も、大庭でオズワルドさんと待ち合わせの約束しているので、もうそろそろ行きますね!」 「うん、またね〜」 「はーいっ……」  トーコが再びソフィアの両親に挨拶をして、部屋を出ると、小走りで正面前の大庭に向かった。  大庭に近付いていくと、段々と人々の話し声が大きくなってきた。  トーコが大庭に出て、東側の大きなヒイラギの木の前に行くと、オズワルドが立っていた。 「オズワルドさんっ! 寒い中、待たせてしまってゴメンねっ」 「気にしなくていい。……まあ、人混みをかき分けなくて済んだしな」 「早めに来てくれてたんだね。それにしても、やっぱり国の代表のお祝いだから、ものすっごい数のヒトが集まっているね……」  トーコとオズワルドが居る位置は、大庭の端だから多少は余裕があったが、大庭の中央は人口密度が(すさ)まじいようだ。収穫祭の時期の、イシヅミ町の通りぐらいの迫力があった。  過度なぎゅうぎゅう詰めで、本当に誰かが窒息(ちっそく)しそうな光景だ。  トーコが軽くクシャミをした後、王宮の屋上付近の(かね)が鳴り始めた。 「そろそろかな……?」 「だな。……寒いからな、大丈夫か?」 「うん、何とか……」  自分の息を手のひらに当てながらさすっていたトーコに、オズワルドは至近距離まで体を寄せた。  その時、王宮二階のバルコニーから、ジュリアン王子とソフィア妃、国王陛下夫婦が登場した。  多くの使用人たちが、屋上と三階のバルコニーから、色とりどり無数のバラの花びらを、繰り返し降らせている。  「ジュリアン様〜! ソフィア様〜!」と、人々の大歓声が大庭中に響いている。ジュリアン王子のスピーチがなかなか聴き取りづらい。  ジュリアンたちが姿を見せなくなってからも、国民たちは熱狂的に歓声を上げ続けていた。  風のせいか、勢いよく上から降らせたせいか、庭の後方の端に居たトーコたちの髪や服にも、バラの花びらがくっついていた。  トーコとオズワルドが、自分たちに付いたバラの花びらを取っている時、彼女たちの元にジョンがやって来た。  トーコたちがジョンと話していると、別の場所でジュリアンたちを見ていたレオとホリーが、彼らの(そば)に来たようだ。  ジョンとレオ夫婦が互いに挨拶をした後、一緒に居た五人は、しばらく大庭で談笑していたのだった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加