事件

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事件

その日は夕方からバイトの予定だった、昼過ぎまで寝ていた俺は、バイトに行くために部屋を出た。 俺が起きるのを待っていたのか、彼が俺の顔を見るなり怒りの言葉投げかけた。 「ルームシェアする時、守ってって言った事忘れた?」 彼の怒りの理由がわからない俺は、彼の顔を見て呆然としていた。 これまで見た事がないほど、彼は怒っていた。 「・・・・・覚えてるけど・・・・・どうして?」 「この部屋に友達とか女性を連れてこないでって言ったよね」 「言った」 「どうして約束を破るの?」 何を言われているのかわからない、女を連れ込んだ事も友達を連れてきた事もない。 「破ってないよ」 泣きそうな顔で彼は玄関に向かうと、赤いサンダルを持って戻ってきた。 「これは?女の人が来てるでしょ」 赤いサンダルを見せられて、やっと彼の怒りの理由が分かった。 それは昨日、怒った女が俺に投げつけたサンダルだった。 女は両足のサンダルを交互に投げると、裸足のままタクシーで帰って行った。 残された俺はそのサンダルを拾って、部屋へ戻り玄関へ置いた。 彼はそのサンダルを見て誤解したのだろう。 だがそれは誰が見ても、誤解するだろう・・・・・ 「ごめんそれは違うんだ・・・・・説明させてくれ。女は連れ込んでない」 怒り心頭の彼の顔が少しだけ穏やかに変わった。 「居ない?」 「俺の部屋見ていい、女なんか連れ込んでないから」 「じゃぁ、どう言うことか説明して」 俺は昨夜の出来事を全て彼に話した。 「そう言う事なんだ、持ってきた俺が悪い。誤解させて悪かった」 「・・・・・ごめん、僕が誤解したせいで・・・・・匠君に嫌な思いをさせてしまった。ほんとにごめん」 ほんとうにすまなそうに謝る彼に、自分こそ軽率な事をしたと更に謝った。 「(あや)、もう二度と誤解させるような事はしないから」 「わかったから、僕もあんなに怒るべきじゃなかった。言いすぎたよね、恥ずかしいよ」 俯いて後悔していると全身で謝る彼に、堪らない気持ちになった。 元はと言えば、女が怒ったのも俺のせいだった。 いい雰囲気でホテルへ行ったのはいいが、急につまらなくなった俺は、女が風呂に入ると服を脱ぎ出した時、女を置いて部屋を出た。 追いかけてきた女は凄い形相でサンダルを俺に投げた。 最初の一足は俺の後頭部を直撃したが、二足目は辛うじて避けた。 女のサンダルなど、捨てておけば良かったのだが、なぜか拾ってしまった。 あんな女のサンダルのせいで、彼に不愉快な思いをさせた事を心から後悔した。
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