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新名の話
新名 蓮音が指定したのは講義が終わる17時半、正門前のファーストフード店だった。
午後の講義を終わらせ、店に着くとまだ彼は来ていなかった。
ホットコーヒーを注文して、奥の席で待った。
暫くして新名が現れた、アイスコーヒーを持ってテーブルで向かい合う。
どちらも黙り込んだまま、気まずい空気が流れる中、話の核心に触れた。
「新名、彪を連れ帰った理由を聞きたい」
「彪は何て?」
「彼にはあれから顔を合わせてない」
「そうか・・・・・彪を映画に誘った理由は?」
「・・・・・それは・・・・・だって、友達だから二人で出かけようと思っただけだよ」
「友達?彪がそう言ったのか?」
「あいつが友達は新名 蓮音だけだって言うから、俺も友達だろ?って言ったら、そうだって言っただけだけど・・・・・」
新名が友達という言葉に妙に執着しているように思えた。
「彪の友達は俺だけで十分だ!悪いがアイツに関わるのはやめてくれないか!出来れば、ルームシェアもやめて欲しい、部屋が必要なら、俺が用意する」
真剣な顔でそう言う新名に、益々疑問は膨れ上がった。
「ちょっと待てよ!ルームシェアまでやめろってどういう事なんだ?分かりやすく理由を言え」
「お前はノーマルで女にだらしがないと思ったから、安心してルームシェアの相手として了解したんだ。それを今更、彪に興味を持たれても困る」
「俺が女好きだからって、関係ないだろ」
「あるから、言ってる」
「あのさ、お前の言ってる事がさっぱり分からないんだけど・・・・・」
「彪は女を好きになれない。分かるよな、どういう意味か?」
「・・・・・」
「あいつは高校の時、その事で酷い目にあったんだ、二度と立ち直れないんじゃないかってくらい傷ついた。だから、二度とそんな思いをさせたくない。お前は彪に好きだと言われたら、どうする?ノーマルのお前にアイツを抱けるか?」
抱けるかと言われても、俺には男との経験もなければ、男にそういう意味では好意を持った事はない。
彪を好きかと言われれば好きだと思う、だからと言って抱けるかと言われれは、直ぐには答えられない。
「普通に友達じゃダメなのか?俺やお前だって友達は居るだろ?」
「もちろん、ただの友達としてなら構わない。俺だってアイツにとって、恋愛感情無しの友達だからな。だけど、お前の中に友達以上の気持ちがないと言えるか?」
「・・・・・」
そう言われると、自信がなかった。
キーフォルダーの辺りから、アイツのことが気になって仕方がなかったし、映画に誘った時の気持ちは、ただの友達としてだけではなかった・・・・・
アイツの事を好きになってるのか、なりそうなのか・・・・・
どっちにしても、今すぐルームシェアを解消する気はなかった。
例え、新名が無料の部屋を用意してくれたとしても・・・・・アイツとの同居を解消する気にはなれない。
「彪は繊細で優しい奴なんだ。アイツを本当に好きな奴なら、俺は何も言う気は無い。だが、アイツをその気にさせて、女に戻るなんて奴には絶対アイツは渡さない。わかったか、もう二度とアイツを誘うな。それと、早急に部屋を出ろ」
「勝手な事を言われても困る。俺はあの部屋を出る気は無い。それに、彪を好きかどうかは俺が決める。お前にとやかく言われる筋合いはない。俺だって、アイツを傷つけたくないし、傷つけるつもりもない。」
「お前の存在自体がこれから先アイツを傷つけるんだよ。だから俺はお前と一緒にいるアイツを連れ帰った。アイツにも、俺のした事がどう言う意味か分かったからこそ、従ったんだ」
「お前の気持ちはよくわかった、お前が彪を大切に思っている事も充分伝わった。だから、俺もアイツを惑わすような事はやめる。それでも、好きになったら、お前に遠慮はしない必ず彪を手に入れる。それと、今日お前と会った事もアイツの事も聞かなかった事にする」
新名に宣戦布告とも言える言葉を吐いて、二人の会話は終了した。
彪本人がどう思っているのか、そんな事とは関係なく、俺達二人はどちらも彪を大切に思っているのは同じだった。
部屋へ戻ってからも、ずっと新名の言葉を思い出していた。
高校生の時、アイツに一体何があってその事でアイツがどうなったのか、それを思うと堪らなくアイツの事が気になった。
悲しみ苦しみ傷ついたアイツを新名が心配する気持ちも充分過ぎるほど分かった。
もし自分が新名と同じ立場なら、同じ事をしただろう。
彪を護りたいと言う新名の言葉が胸の中で何度もリピートした。
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