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誤解だから・・・・・
マンションへ着いても、中へは入れない。
インターホンを押すと、匠が出た。
「匠、彪は?」
「居るよ」
「代わってくれ、話があるんだ」
「何の?」
匠の様子がいつもと違う、女の言った言葉を思い出して、彪と一緒に居たのが、匠だと分かった。
「変な女にあっただろ?アイツの事で話があるんだ。彪に合わせて、誤解なんだ説明させてくれよ」
とにかく彪に逢って、女の言葉がいい加減なものだと直接説明したかった。
だが、匠の態度は明らかにおかしかった。
「匠、彪を呼べ」
「蓮音、あの人の言った事ほんと?」
「彪、逢って話そう。全部あの女の出まかせなんだ。説明するから・・・・・聞いて」
「分かった」
彪は落ち着いた声でそう言うと、入り口のドアを開けた、エレベーターに乗って彪の住む部屋まで行く。
ここまで来るのも初めてだった。
こんな時でなければ、彪の部屋に入ることもできない自分が情けない。
部屋のドアが内側から開いて、彪がドアを掴んだまま立っていた。
部屋へ入るのも初めてだった。
匠と彪が暮らす部屋は、広くて明るくて清潔感あふれる部屋だった。
立ち入ることのできないこの場所は、自分の知らない空間で彪と匠の聖域だった。
「部屋に入っていいのか?」
戸惑いながら、彪と並んだ匠に聞いた。
「いいよ、ちゃんと説明しろよ」
そう言うと匠は自分の部屋へ戻った。
広いキッチンは綺麗に片付けられ、二人にはやや広いテーブルに二つの椅子、食器棚には二人分の食器が並べて置かれていた。
何もかもが羨ましくなるほど、整然として清潔感に溢れている。
通されたリビングには二人掛けのソファと一人掛けの少し大きめのソファが一つ、大きな画面のテレビの前にはゲーム機がセットされている。
二人並んで、ゲームに興じる二人の姿が浮かんだ。
彪に指示され、二人用のソファに座った。
彪は一人掛けのソファに座って、俺の顔を見つめた。
「あの女、またお前に会いに来たんだって?」
「うん、付き合ってるって言ったのほんと?」
「付き合ってない、高二の時1回デートしただけの相手だった。さっき彼女を探してもらって、話を聞いてきた。だから、俺の話を聞いてくれ」
「彼女に逢ったの?」
「今、逢ってきた。
でも、俺彼女の事よく覚えてなかったんだ。
一回とはいえデートした相手の顔も忘れてるなんて、俺も悪かったと思ってる。
だけど、ほんとにそれだけだったんだ。
その後彼女は転校して、その間に俺との事を妄想した事で、自分の中でそれが現実だと思い込んだようで、付き合ってるって信じ込んでた。
同じ大学に入学して、俺とお前を見かけた彼女は、付き合えないのは彪のせいだと思い込んだんだ。それで、彪に逢いに行った」
「そう!でも蓮音の部屋の事やコーヒーに拘ってるって話は、蓮音と付き合ってないと言えない事だよね」
「それも彼女の出まかせだった。俺が電話でソファを買った話を聞いてたらしい。それにコーヒーはデートの時の俺の話からそう思ったんだって言ってた」
「蓮音、僕蓮音の事信じる」
「ほんと?信じてくれる?」
「うん!ほんとはね、二度目に彼女に逢った時、少し変だと思ったんだ。彼女はほんとうに蓮音の事知ってて言ってるのかなって、感じがしたんだ。匠君も言ってよ。蓮音はそんな奴じゃないって」
「匠が?ヘェ〜あいつ案外いい奴だな」
彪は笑って、僕の手を掴んだ。
「蓮音、もうフェイクでも彼女は作るなよ」
「勿論、彪だけで充分満足だから」
「匠君も呼んでいい?」
彪が匠を呼ぶと、直ぐに部屋から匠が出てきた。
「納得したか?」
「匠、心配かけて悪かった」
「全く・・・・・あんな女に手を出しやがって」
「だから違うんだって、一回デートしただけなんだ」
「そんな女がまだ居るんじゃないか?」
そう言われると、居ないと言う自信はない。
これまで、自分がどれ程浅はかで軽薄な人間だったかを思い知らされた。
心の中では彪を好きだと思いながら、誤魔化すためとは言え、好きでもない相手とデートした。
相手の気持ちが自分にあると知りながら、それを利用した。
これはこれまでの自分に対する罰だったのだと思うことにした。
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