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悲しみに居場所はあるか?
ふと涙を拭って起き上がった私の体には無数の、傷、傷、傷。
潰れた缶ビールとぐしゃぐしゃの灰皿を眺めて、ふと午前二時。
裸の私はひとり、薄汚れた一室にいた。くしゃくしゃの服たちが、床に乱雑に脱ぎ捨てられているのが見える。
はぁ…これで何回目の溜息かな。。
ふとそこにある紙タバコを咥えて火を灯すと、いつもの煙が静かに天井に上がっていく。なんだろう落ち着く。
すごく、落ち着く。
ぷかぷかと上がってく私の吐いた真っ白い息。
口にくわえてもう一度。
指先で灯る赤い癒やし。きっと私の今の命の灯火。
それを口から離して、ゆっくりと息を吐きだす。
肺の中から口をめがけて溢れ出てくる、煙。
生きてるなって、感じる。
吸い殻を真っ黒い灰皿に潰してから手元を見た。
あれ?もうあと1本しかないや。買いに行かなきゃ。
空になったタバコの箱を握りつぶしてごみ箱に投げ捨ててから外に目を向ける。
窓ガラス、夜の光。
あぁ、ここは東京郊外の雑居ビルの一室だったっけ、と思い出す。
引っ越してまだ一ヶ月、たまにここがどこだか、忘れる。いや、本当は忘れたいのかもしれない。
出かける支度をした。腕時計だってした。気がつけば左手首の針は3を指していた。
真面目でふつうな大人ならもうとっくに夢の中でろうけれど、私は夜の闇の中へ飛び出した。
大通り沿い、横をビュンビュンと走り去っていくトラックたちの排気に半分包まれながらゆっくりと歩を進める。
半袖シャツに風がなびく。だって8月の夜。
アスファルトが吸ったであろうたっぷりの熱気が夜風にのってじんわりと私の体に絡みつく。
うっとうしいなぁ。
あのおっさんとおなじじゃん。
いつだって、私にはなにかうっとうしいものが絡みついてる気がした。
今の私が求めてるのはこの夏のうざいくらいの暑さでもないし、おっさんのねっとり絡みつくようなくっさい舌でもなければ、大好きだったあの人からの痛みでもないよ。
ふわふわとした煙。私の肺に、視界に、空間に。広がっていくあの煙。
それだけがきっと必要なんだよ。
それだけが生きてるってことなんだよ。
光が目を刺す。自動ドアが開いて、中にはいる。ここはコンビニエンスストア。
カタカナのネームプレートをつけた無表情な店員さんの背後を指さして見覚えのあるいつものパッケージを取ってもらってバーコードをスキャン、携帯でピピッと支払いを終えて。
会話もなく店を出て、瞬間的にふと箱を開けて1本取り出す。
私はまた煙を吐いた。
あぁ。うん。ああ、そっか。
なんだか煙に包まれて、私は眠った。
ゆっくりとまぶたが開く。
目が覚めると、まったく知らない場所にいた。
え...?どこ?
そこには一面真緑の自然、生い茂る木々。明らかに東京ではないし、振り返ってもコンビニなんてなかった。
こういうときどうしたらいいんだっけ。
手元にタバコもないし、本当に意味がわからない。
しばらくまっすぐ歩いてみることにした。
ただまっすぐに、木々をかき分けて。
森を抜けて、そこにはトンネルがあった。
先は真っ暗で何も見えない。
でもなんだろう、懐かしい感じもする。あったかい気持ちもした。
だからまだ、まっすぐ進んでみることにした。
進むにつれて光もなくなって、視界も徐々に暗くなっていく。
後ろからさす光がなくなって、私はまた暗闇に潜った。
眠い。
眠い。
でもなんだか足は動いてる感じがして、ただ闇の中で足を動かす。
そしたらなんだか安心した。
しばらくしてちっちゃい光のような点が見えてきて、そこに向かっていくような気がした。
点が徐々に大きくなって、そして丸い大きな光になって。
見えてきたのは出口なんだと思う。トンネルの終着点。
そこに人のようなものが見える。
あれ、って。
見覚えがある。
母だった。
表情は明るくて、朗らかな笑顔のその目には涙が流れていた。
あれ?お母さん、なんで泣いてるの?
笑ってよ。
両手を広げて私を待ってるお母さんがどうしても愛おしくて。
自然と、闇の中を走り出してた。
タッタッタッと自分の足音が聞こえる。
母の眼の前について、足を止めた。
◯◯、おかえり。
ありがとう、お母さん。
ただいま!
終
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