蛍火(ほたるび)

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 翠がそうささやくと、まるでその声を待っていたかのように、水辺の草むらのそこかしこから、一つまた一つと、黄緑色(おうりょくしょく)の明かりを(とも)した蛍が飛び立ち始めた。高く舞い上がった蛍が光を放つと、それに遅れまいとするかのように次々と蛍が飛び立ち、程なく、(あた)りは数百という蛍の乱舞の場となった。 「蛍の光り方というのは、何て言うか、生物特有のリズムがあって、LEDのイリュミネーションとはまったく別物ですね」と柏木が言った。 「ええ、感傷的すぎるかもしれませんが、時々、命を燃やしているんだなあと感じることがあります。『音もせで 思ひに燃ゆる 蛍こそ 鳴く虫よりも あはれなりけれ』 声もなく恋の思いに燃える蛍は、鳴く虫よりも深く心に沁みる……」 「誰の歌ですか?」 「源重之(みなもとのしげゆき)です。観賞会のパンフレットに入れるために、蛍を詠んだ和歌を探していて見つけたんです」 「いい歌ですね。それにしても、パンフレットも澤村さんが?」 「ええ、慣れないことばかりですが、一般の方々に興味を持っていただけるように工夫するのはとても勉強になります」
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