蛍火(ほたるび)

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 柏木は遊歩道を照らす照明を頼りにパンフレットに目を通した。 「和泉式部(いずみしきぶ)の歌も載っていますね」 「どんな歌ですか?」と前園が尋ねた。 「『もの思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる (たま)かとぞ見る』 もの思いに沈んでいると、沢を飛ぶ蛍が、自分の体から抜け出てしまった魂のように見えてくると言うんだ。やはり名歌だな……」 「柏木さん、古典にも詳しいんですね」 「うちは父親が数学教師、母親が国語教師という教員一家でね、古文は母親に習ったんだ。知識が理系に(かたよ)りすぎだと言って、かなりみっちり仕込まれたな。でも、教え上手な人だったから、それなりに楽しかったよ。そういえば、蛍を見ているうちに子供時代のことを思い出したんだけれど、ちょっと不思議な体験でね」  柏木は少し間を置いて蛍の群れを見つめると、遠い昔の出来事を語り始めた。
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