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面倒くさいヤツの黒歴史は、報われる?
海外留学は、憧れだったし夢だったし。
決して浮かれていたとか、そう言う訳じゃない。
大体、留学して3年目だったし。
今おもえば、慣れだったのかも知れない。
俺の留学先は、春から夏場に掛けて寒暖の差が激しい気候で、俺も俺で防寒対策とかしていたつもりだったはずが、うっかりしていて風邪を引いた。
それが、原因で子供の頃に良くなったと思っていた喘息が、再発。
何となるかと思ったけれど、海外暮らしと言う環境からか、かなり風邪を悪化させてしまい。
留学先から、親族に連れ戻される事になったのは、留学3年目に入ろうとした夏の終わりだった。
最初は、留学先に戻ろう考えていたけど…
再発した喘息は、一向に良くならず。
取り敢えず薬で、症状を押さえている常態だ。
確かに喘息の再発後、体を今まで通り動かす事が、体力的にキツクなってしまった。
喘息を繰り返していた子供の頃を思うと、寝込んだりしないだけましかと思うよにした。
当然と言うか、この体力では復学は難しいと、医者や親族に説得され諦めるしかなかった。
大学附属高校を、卒業して留学先の入学式に合わせて渡航して3年。
親族達は、簡単に仕切り直しだとか言うけど…
今更、附属大を受験するとかそんなモチベーションは持てないのは、勿論。
働くにしても、こんな弱々しい体じゃ働くことなんって出来ないのは、自分がよく分かってる。
留学先だった向こうで借りていた部屋に置いていた荷物を、実家の自室に運び入れられた直後、荷解きをしていた俺に10才年上の姉が、声を掛けてきた。
「緑雨(リョクウ)ちょっといい? 就職先って言うのは大袈裟だけど、体を慣らすって目的でウチの学校で働いてみない? 少し動いても息が上がるようじゃバイトも無理でしょ?」
「そうだけど、 ウチの学校って…高等部?」
「そうよ。附属大も考えたけど、同級生と後輩が、居るって言う状況もイヤでしょ?」
「それは、まぁ…そうだけど…」
高等部での働き口って…
「事務職? 雑用係? って言うのかしら? 誰にも気兼ね無く体調を見ながら進めてもらっていいって叔母さんが、会議使う資料の作成やら入力とか? あとお給料は出るわよ!」
「………そう………」
宛がわれた?
職場は、俺も通った学校の付属高校で、主に雑務系。
戻ってから落ち着くまで、これからどうするかと悩んだ時に少しは、こうなるかも思っていたことが、現実に起こった。
簡単に言えば、そんなところだ。
長年、この地方都市で親族経営主体とでも呼べる附属大とその附属高校。
それらを牛耳っているのが、祖父達 (理事) であり親達 (教職員) であり姉や従兄弟 (…の1部教職員) 親戚と言う訳だ。
俺事態、そう言うモノタチの恩恵と言うか、目の上のたんこぶと言うか…
そう言う事を気にしすぎて在学中は、気をはりまくり。
疎まれたり。
影口やあからさまな愚痴は、当たり前。
当時は、俺もそれなりに立ち回ったが、経営陣の息子と言う肩書きが、付いて回る事に嫌気が差していたのと、その後ろ楯が嫌で海外留学を選んだ…
本当は、附属高校も受験なんって、するつもりもなかった。
前々日になって受験する事が、親と担任とで取り交わされていたと知った。
まぁ…その当時、俺が行きたかった高校と同レベルなんだから受験してみなさい。と、親族に言われ…
無事? 合格。
それを聞かされると、なんとも言えない心境を覚えた。
勿論。進路は、「御実家の学校だよね?」と、担任は無邪気に言った。
今思うと、親も担任も他校の受験は、どうでも良かったのかもしれない。
親達から言わすと、ここが本命だったのだろう……か?
だから俺が、海外留学すると決めた時も、附属大じゃないの? 的な雰囲気になったが、
姉の説得と言うか、姉の知り合いが居る学校だからとの理由付きで、渋々、親族達は承諾してくれた。
姉の紅雨には、本当感謝しかない。
元々、姉の方が、学力は上だったし。
孝行在学中から学校運営や学校教育なんかにも興味があって、大学も経営学部を選考しつつ教育学部にも興味を示し学んだ強者だからか、満場一致で姉が、時期運営理事に名を連ねる事が、早々と決まった。
それもあり俺は、学校運営にも教職員にも興味は持てなかった。
まぁ…家族や親族の大半が、運営と教職員なんって…家庭で育ってきたから余計にそう思ったのかもしれない。
俺は、別によくない?
それで海外留学を、だったはずがこの有り様。
「折角、私が…緑雨を逃がしてあげたのに…」
姉の紅雨は、笑って言った。
「途中、戻ってくる事になったら。責任は持てないわよ? って言ったのに…」
「仕方がないないじゃん」
本音を言えば、絶対に帰ってきたくはなかった。
途中で帰国すればこうなるって、最初から分かっていたから。
風邪さえ引かなければ、こんなことにはならなかった。
誰のせいでもない。
俺が、悪い。
それでも、自分に合った薬と、一応地元に帰ってきたと言う安心感があるから。
軽く咳き込むことはあっても、大きな発作は、あれ以来起こってない。
「…で、いつから仕事?」
「体調が、良ければ、いつでどうぞって事務の人達が…」
「そう…」
「……明日にでも、話聞いてくれば?」
⒉
卒業してから3年。
校舎は、それ程変わった様子もないぐらい普通で、懐かしく思える程には時間は経っていなくて、妙な感じがした。
「…御家族や皆様方には、日頃からお世話に……」
「いいえ、こちらこそ」 そこまで恐縮しないで欲しい。
俺自体、二十歳越えたぐらいだし。
この事務員さんからしても、俺の方が年下だと思う。
「まぁ…私も、ここに来て2年目なんですけど…」
良かった面識は、無さそうだ…
「では、ご案内致しますね」
「ハイ…」
「と言っても、案内する程でもないですね。なので作業室に案内しますね」
「そうですね…」
正直、知ってる先生多いし。
職員室では、視線が痛かった。
作業室は、それを配慮した結果だろうか?
姉には後で、お礼を言わないと。
「天笠さん。こちらの角を曲がった先の部屋が、作業室です。一応この棟で使われている備品室でもあります。ですので、何かたりないモノや、その都度使われた数と残りの在庫などを書いてもらい。備品の発注などを、経理に回してもらう様にもなります」
「分かりました」
この廊下は、二年生の教室に近いのと他学年の教室や移動教室によく使うために知っていると言えば見知った場所だった。
チャイムが鳴り響く。
「丁度、お昼休みですね」
教室の戸が勢いよく開けられ生徒達が飛び出していく。
「購買組かな? ここからだと、少し遠いですから」
「ですね」
スーッと感じ取った…
ブレンドした柔軟剤だと思われる香りに思わず振り返った。
てっきり女子かと、思ったら。
その中心に居たのは男子で、周りにいる女子生徒達よりも小顔で、その綺麗な顔立ちにも驚いたし。
隣に立つ男子生徒よりも華奢なのにも、かかわらずスラリと伸びた手足や身長は、俺が感じた様に人目を引いているようにも見えた。
「あっ、彼目立ちますよね。縹 櫟(ハナダ イチイ)くんと言うんですけど、街を歩けばスカウトされるとか、そう言った関係の事務所から声を掛けてもらってるとか…噂されてて、文字通り人気者なんです」
本来2年生の夏休み明けにもなれば、漠然と来年の今頃は、受験で…とか、何となくチラ付く頃だし。
少しでも有利にと考えるなら早目に、受験対策をと意識する時期の始まりだろう。
ただここは、大学附属の高校でそのまま大学に進む生徒の方が多い。
勿論、俺のように別の大学や進学先をと考える生徒もいるわけで…
「そこまでピリピリした雰囲気は、ないですけどね」
「ですね…」
…と、話し込んでいるうちに見失ったようだった。
未だに鼻の奥に清々しい香りが、微かに残っている。
ドコのメーカーの柔軟剤かな?
それとも、香水系かな?
あぁ~言う子は、人気ありそうだから。同じ校内でも見掛けたからって、声とか掛けられなさそう。
「天笠さん。いつ頃から来られますか? 勿論、お体の方も考慮してと、伺ってますが…」
「あっ…スミマセン。そうですね…」
ヤバい。
話を聞き流す所だった。
まぁ…
無理をしなければ、普通にパソコン業務等には差し支えないはず。
「あの…」
「ハイ? なんでしょうか…」
どうせ暇するのは、目に見えてる。
まだ何かやりたいことは、具体的には決まってない。
直ぐ無理すると、咳き込む体じゃドコも、雇ってはくれなさそうだ。
まずは体を慣れさせた方が、いいに決まってる。
「来週から。お願いします」
「分かりました。では、もう一度、業務について、ご説明しますのでもう一度、職員室の方に、お願いします」
「ハイ」
「でも、大変でしたね。海外からの引っ越しとなると…」
「まぁ…そうですね。一時的帰国するって、訳じゃないので」
向こうでの生活が、長ければそれなりにそこで買い揃えたモノもある。
3年分の荷物ともなれば、本当にそれなりだ。
いくら自分の私物でも、他の家族には任せられないこともあり。
従兄弟に無理を言って付き添ってもらう形で、留学先に戻り荷物をまとめそのまま帰国したのは、3週間前。
「すると今は、ご自宅の方に?」
「まぁ…こんな体なんで…心配だと言われて…」
「…あぁ…実は、天笠さんが、倒れられたらしいと言う連絡、学校の方にも回ってきたんですよ」
「姉に…対しての連絡ですかね?」
「かなり。驚かれてました。騒然としましたし…」
「スミマセン。至る所で、ご迷惑をお掛けしたみたいで…」
「でも、今日お会いして、お元気そうなので職員一同、ほっとしております」
「はぁ…」
だから。
職員室は、気まずいんだって…
⒊
所々、途切れる話し声に耳を澄ませてみたけれど、その人影は階段を下りていった。
事務員さんから天笠さんと、呼ばれた人を見たのは、実は2度目
1度目は、3限目の途中。
何気に、覗いた窓の外に…
その人は、歩いていた。
附属の大学生とも思ったけど…
大学の敷地内は、高校の裏側だし。
間違えて来るとか、有り得ない。
普段、制服以外の人を見掛けることは、少ない高等部。
まぁ…私服のなんって人は、学校の関係者だろうが、部外者だろうが、出会う事は、もうないだろうからって…
音楽の授業の一貫でもある音楽観賞用のDVDを見る授業を受ける振りをして、その人を、見ていた。
遠目にでも、その姿が分かるぐらい距離になった時、
初めて顔を見て気持ちが、ザワ付いた。
今まにでも、ザワ付くことはあったけど…
目を離せなくなるのは、本当に初めてで…
戸惑っているうちに、その人を見失った。
かなりガッカリしている事にも、ビックリもしたし。それと同時に、うっすらと窓ガラスに写る自分の顔が、赤い事にも気が付いた。
晴れ間だったら…
気付かなかったかもそれない。
それは、それで。
気が付かなかったら。
その顔どうしたって、話しになって居たかもだけど…
曇り空だったから。窓ガラスに移ったんだと思う。
授業が、DVD鑑賞で良かったと思いながら顔を隠す様に、気持ちを落ち着かせDVDの感想を書いていた。
妙な鼓動?
ドキドキ?
苦しい感じが止まらなくて、平静を装うのにも一苦労した。
移動教室から戻って来てから自分の机に、らしくもなく突っ伏してみたりしたら。
逆に具合が悪いの? とか言われたけど、今はそん具合とか、周りとかどうでも良かった。
午前中の授業が終わって、気分を変えようと教室を出た瞬間。
その人がいて、心臓が止まるんじゃないかってほど驚いた。
気付かれないように、誰にも悟られないように隣を通り過ぎるだけで精一杯。
どんな声なのか聞いてみたくて、耳を澄ましてみたけど、さっきも言ったようにあんまり聞き取れなかった。
おまけに、ボーッとしていたから…「大丈夫?」なんって、声を掛けられて
「えっ、大丈夫だよ…」
なんって、返していたらその人を、また見失って。
でも、事務員さんに案内されているって事は、学校に関係あるって事…だよね。
また会えるのか…
そう思う度に、心臓がギュッとなった。
上手く行かないものだって、分かっているから。
1ヶ月後の俺は、スマホを眺めていた。
晴れない気持ちを、吐き出すように息をする。
「どうした。櫟。溜め息か?…」
「溜め息?…」
「自覚なかったんか! 午後の休み時間の度にスマホ見ては、溜め息吐いて…」
「いや、なんか息苦しくて ザワザワする感じがして。ボーッとなるで、スッキリさせようと…」
「…それが、一般的に言う溜め息じゃねぇの?」
幼馴染みの原口 真潮が、答える。
俺はと言うと、あっ…そうかと、納得してしまった。
「ってか、街でスカウトされようが、そう言う連中が、所構わず出待ちで現れようが略、愛想無しの鉄壁な守りは、どこいった?」
俺って、そんなヤツなの? じゃなくて…
「ポヤ~って、好きな人でもできたん?」
真顔で動きが、止まってたと思う。
好きな人と言うか…
「図星か…顔赤いし、それに俺ら幼稚園から一緒の幼馴染みだろ?」
「そうだけど、何か関係ある?」
「ある。俺らが幼稚園の年中さんの時に教育実習だったか、近くの高校の職場体験だったかで、俺らのクラスに来てた当時の男子生徒さんに…ずっとベタベタして付きまとってたろ?」
何…その話し?
「知らない」
「好き好きアピールが、マジ半端なくて、ずっと追い回してさぁ…終いには、デカイ声で好きです! 告って抱き付いちゃって離れなくなってさぁ…」
「そうだっけ?」
「あと…その後に、あった園の夏祭りでさぁ…たまたま来てた小学生の男の子達の後ろで、転んで突っ込んで、膝擦りむいて大泣きしたんだけど、その中の1人男の子に起こされて、抱っこされたら。離れなくなって大騒ぎに…」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーっ」
真潮の声を遮るように大声が、出てしまった。
「…記憶にあるんだ?」
「いや…あるって、言うか…その子は…」
「ん?」
何って言うか、親に力ずくで引き離された記憶はある。
鮮明にと言えば、ある程度、覚えているけど…
夏祭りは、盆踊りも兼ねてて園の関係者は勿論。
近所の人達も、多く集まり。
露店なんかも出ていて賑やかだ。
今年も、ここに居る真潮を、はじめとする友達と出掛ける程に昔から馴染みのある夏祭りは、あの当時と何も変わらない。
いつも遊んでいる園庭に組まれたやぐらや提灯。
盆踊りの太鼓や笛の音が、鳴り響いて。
まぁ…興奮していたんだろうな。
次々に見て回りたい露店に、目を奪われながらキョロキョロしていた俺は、何かに躓き前を歩く小学生のグループに頭から突っ込んだ。
恥ずかしいって言うのと、年上のしかも男の子のグループ。
怒られるんじゃないか? と言う状況で俺は、大泣きしてしまった。
勿論、擦りむいた膝も痛かったのもある。
その中の1人に助け起こされて、救護所に連れていてもらって、泣き止まない俺を抱っこしてくれて…
惚れやすい俺にとっは、その小学生の男の子が、優しくてカッコ良すぎて…
数週間前の教育実習だか、職業体験だかの人の事なんって、スッポリと抜け落ちてしまうぐらいだ。
そんな俺の回想が終わる頃、ニヤニヤと笑う真潮と目が合った。
俺が忘れている事も、覚え居るんだろうな…
本当に、居た堪れない。
「まぁ、その時だな。お前の恋愛対象が、年上の男だって、何となく察したの…」
「そう…なんだ…」
「大体。お前、自分の事なんだから。自覚あるだろ? ってか、合ってる?」
真潮とは、10年以上親友してるけど…
自分の恋愛対象者が、同性だと明言した事はない。
かなり前から知られていたのかと、納得してしまった。
「まぁ…な。ただ…お前に聞いていいのか、ためらってきたって言うか…ほら。お前が、惚れるの年上ばっかじゃん。同級生とか年下は眼中に無いっポイ? から特には、言わなくてもいいかって…」
うん。
確かに真潮が、言うように…
同年代や年下をカッコいいとは、一度も思ったことがない。
「だろうな。夏祭りの話しに戻るけど、当時同じ組だった女の子らが、浴衣姿を見せにきてくれたのに、お前はいつもと変わらない無反応で、そんであの出来事だもん」
母親に引き剥がされた後に、泣きわめいて夏祭りどこじゃなくなた俺に例の小学生の男の子は、スーパーボールすくいで取った中から青くてキラキラ光るボールをくれた。
「まだ…持ってたりして?」
「持ってるけど?」
「いいんじゃねぇ? 思い出だし」
「まぁ…五歳児のやることだしね…」
なんって、言ってみた。
「…オレが、その小学生だったら引いてるよ」
「そう? いい思い出って言ったのに?」
「いや…普通は、そう思うだろ? それに今、似た事したら絶対に引かれて相手にされなくなるぞ…」
「そう…なの?」
「おいおい…」
真潮は、更に言葉を続け真面目な顔付きで、お前はストーカー気質だとか、粘着気質だと、ひたすら追いかけるタイプとも指摘された。
「で、無自覚と…」
何となく。
見覚えが、有りすぎるけど。
「まったく。俺みてぇ~に年下の彼女とかにしておけよ…」
「えぇ…と、年下は、ちょっと…それに…」
「さっきも、似たこと言ってたけどなぁ…お前に惚れられた年上ヤローも、年下は、ちょっとって言うかも知れねぇ~ぞw」
「……えっ……」w?
それにさぁ…と真潮は、言葉を続ける。
「だってよ。小学生の頃にも、教育実習に来ていた先生に惚れて、後追おうとしたろ?」
「アレは、追いかけたわけじゃないって言ったろ?」
「隣近所に住んでて、今日の放課後も公園で遊ぼうぜ! って言った矢先にバスで帰ろうとしてる大学生を、追いかけようとしたの誰だよ?」
「え……っと…」あの日、そんな俺に気付いた真潮が、大慌てで止めにきた。
“ 金も、無しにバス乗んなよ。大学生にストーカーしてんじゃねぇよ !? キモさ100倍で…マジで、キモいぞお前 !! “
…と、その場で、キレられ引き摺れるように、連れ戻された。
「アレは…」
「それだけじゃねぇーだろ? 中学でも、似たことがあったろが…」
あの時は、
“ お前なぁ…いい加減にしろや… “
…と、とうとうブチ切れられた。
「…って事で、今回一目惚れした相手は、この間、廊下で擦れ違った臨時職員の天笠さんか?」
へぇ。鋭い。
「いや…鈍いんだよ。お前が !! 大体。臨時で来るヤローばっかり惚れやがって…止める方の身にもなりやがれ…」
「うん…」
「あっ…でも、今回は臨時って言っても、直ぐには居なくならないらしいから安心しろ…」
「………」
「なんで、無反応? そこ重要じゃねぇ?」
「噂で、聞いてるし。天笠 紅雨先生の弟さんで、子供の頃に治ったと思ってた喘息が、悪化して留学先から先月戻ってきたって、まぁ…あの容姿と、あの顔だし。教員じゃないから。結構、女子の間では話題に上がってる…」
俺の発言に真潮は、唖然とした顔をした。
「余裕じゃん」
「いや別に…」
「俺はてっきり。中学同様に余裕無いって感じで、突き進むのかと思ってたよ…」
確かに気が、気ではないけど、
「だってよ。天笠さんって、留学できるぐらい学力があって、おまけに語学力。そこで自活できる生活力。しかも親類縁者が、この学校の関係者。新任の天笠 紅雨先生の弟さんだろ? それなりの家柄で、おそらくお金持ち。あの顔、あの容姿…ほっとかれないだろうな…」
「…………」
「お前も、顔と容姿では、負けてないんだから。視界にはは居んじゃねぇ?」
「あはは…だといいね」
「何かコエー。不気味。どうした?
今回は、好みじゃなかったとか?」
「…………まぁ……」
目をパチクリさせて真潮は、押し黙り。
「何か、からかったみたいで悪かった」
と平謝りする。
そして、自分から話題を変えた。
「そう言えば、お前を、スカウトするヤツらの中に…かなりしつこいヤツ居だろ? あんまりいい噂聞かねぇーから。気を付けろよ…」
モデルとか、興味ないから片っ端から断ってるから大丈夫だと思うけど…
「っうか、昔から顔だけは、良かったもんな。女にモテんのに勿体ねぇ…」
「そりゃどうも」
でも、スカウトとその関係者の出待ちは、俺も困ってる。
「だろ。今度、抗議しようぜ…お前…猫被りで、素は口悪りーから。オレと話してる時みたいな口調で言った一発で、追い返せるぜ!」
「確かに」
一緒になって、ヘラッと笑ってくれる真潮は、更に話題を変える。
「…で、本題。3年の先輩に言われた合コンどうすんの?…」
まさか、それを聞くために放課後引き留められてたのか?
「行くわけねぇーだろ…大体。お前だって、彼女持ちだろ? 行くのかよ」
「行くかよ。オレ彼女ちゃん一筋なんで、先輩に確認してきてって、頼まれただけだよ」
ふんぞり返るように前の席に座る真潮は、笑う。
俺が、俗に言う合コンで得られるものは何もない。
確かに同級生や後輩、先輩の中で、可愛いとかキレイと噂される子を見て、素直にその通りとは、思うけど…
「女子は、自分の中の好きの中に当てはまんねぇーもん…」
自覚ならしてる。
「許容範囲外って、やつか?」
「まぁ…そんなとこ」
フト、窓の外が目に留まった。
うだる程のに熱い空気。
遠くに見えるアスファルトの逃げ水。
窓を開けなくても、耳の奥に響くセミの鳴き声。
こう言う間と言えばいいのか、現実的で確実な中に居る1人の自分として考えてしまう。
「なぁ…俺が言うのも変だけど、やっぱり。俺って変…」
「変って、例えば」
「いやその…」
「…恋愛相手に、ついてとか? 」
「まぁ…そんなところ…」
「別にオレは、何って言うか、言葉選ばずで言えば、お前とは家も近いガキの頃からよく知ってる幼馴染みだろ? だからお前のそう言うトコにも、気付いたって言うか、それに…ほら。誰にだって恋愛の条件とか好みは、有るだろ?」
「うん…」
遠くから見知らぬ誰かの話し声が、聞こえる。
放課後って、なんか微妙に疲れる。
「…それと、同じってな…じゃオレは、帰るから。また明日」
真潮は、軽く手を振り教室から出ていく。
1人残された教室は、怖い程静かで息苦しい。
言葉に詰まるような…
昼間に入れたメッセージには、既読は付かないまま。
連絡も、メッセージも、何もない。
溜め息と言うよりも、舌打ちが出た。
「帰るか…」
何か、普通に授業受けて、問題解いてる方が楽だな。
スクールバッグを肩に、もう片方の手にスマホを持ち教室を出る。
この学校は、ある一定の部活動は、盛んで大会に出ているけど、俺みたいに部活動に参加していない生徒、所謂帰宅部も一定数居る。
「……………」
何度、スマホを見ても既読スルー…
イラッと、しながら。
“ 大丈夫? ” とだけ打ってみる。
普段は、スマホを見ながら歩いたりしないんだけど…
反応無さすぎだろ?
ヤバい。
イライラしてた。
無視されてるとか、そんなんじゃないと思うんだけど…
いや。
でも、敢えて無視してるって事も、普通に有り得る。
気付いていても、まっいいかって言っちゃうような人だし。
フーッとした溜め息なのか、呆れたように歩いていると、あっという間に昇降口に辿り着いてしまった。
人影が、まばらな廊下にグラウンドを使用している部活動の掛け声。
既読スルーなメッセージ。
天笠さんと、廊下で擦れ違った日。
同じように擦れ違ったと言う女子が、情報源となり。
名字からして、紅雨先生の弟なのではと、話題に上った。
そんな噂を耳にする度、余計に落ち着かなくなって、イライラして…
「やっぱり。天笠さんって、パッと見カッコいいよね?」
「擦れ違った子に聞いたけど、優しいそうで、カッコ良かったって」
「あぁ~っ、先輩も、似たこと言ってた…」
「私も、擦れ違いたいなぁ~!」
あの容姿だもの。
噂にならない方が、変だって…
「着てた服も、良さげだし?」
「バカね。あの服は、それなりに高いものよ」
「さすが、ここの学校の親類縁者だわ。ってか、あの天笠 紅雨先生って、お姉さんなんでしょ?」
「苗字同じだし紅雨先生も、綺麗な人だもんね。アレは、血筋よね」
「そう言えば、部活の先輩言ってたけど、年が近いから。ワンチャンないかって探ってるらしいよw」
ガツンーーッ……
放課後だから音が響く響く。
無意識に…
壁…
蹴ってた。
「…………………」
「アレ? どうしたの? 縹くん。怖い顔して?」
「えっ…あっ…躓きそうになって…」
「大丈夫?」
「アハハ。大丈夫……あっ、俺…教室に忘れ物したみたい?」
「本当に、大丈夫?」
「うん」
額と背中に冷や汗を、かきながら愛想笑いをしながら来た道を戻る俺。
もしかして、動揺してんのバレた?
ヤバイ?
ってか、天笠さん。
人気ありすぎじゃない?
気持ちを落ち着かせようと、ゆっくりと下がった階段を、また上がる。
いや…
人気あるのは、今更だよ。
容姿で、騒がれるのも分かりきった事。
スマホを、眺める。
既読の表示がされる気配無し。
分かった。
おそらく。
着信音切ってる。
バイブにも、してねぇーっ…
俺は、自分の教室を通り越して作業室の扉を開けた。
もしかしての人知れぬの癖が、発動中だ。
生活音をシャットアウトして、好きな音楽を、聞きながら作業する。
しかも、その顔に似合わない超重低音で爆音系のヘビメタ。
それを、最高の音で聞くために選び抜いてた最新式のワイヤレスイヤホン。
勿論、聞く上で音漏れは避けたいからと、それも考慮したワイヤレスイヤホンに耳を塞がれている天笠さんの後ろ姿が、窓際に見えた。
超重低音のせいか俺が、作業室に入って来た事には気付いてないようだ。
そっと、近づいたわけじゃない。
一応、名前を読んでみる。
「天笠さん !!」
「……………」
「あのぉーーっ !!」
パソコンのキーボードを打つ指が止まらない。
「やっぱり。聞こえてないか…」
そっと近づいて、右耳のイヤフォンを取り上げると、ピタッと動作が止まった。
「もう。放課後なんだけど…知ってた?」
「へぇ…」
「時間と、メッセージ確認してよ…」
慌ててスマホの待ち受けを、確認する天笠さん。
「あっ、ゴメン…」
申し訳なさそうに苦笑して見せた。
「お昼は? ちゃんと、食べた?」
「食べたよ。薬もちゃんと飲んだし。心配性だね」
当然の事を、さも自信ありげに話してみせるとか…
どの口で、心配性だとか言えるのか…
年上なのに、年上っぽくないけど…
仕事は、出来るし。
「ってか、今日は何を、聞いてるんですか?」
イヤフォンを、耳に近付ける。
予想を遥かに越えた超重低音と、一般的にシャウトと呼ばれる…
パフォーマンス?
そう言う歌?
詳しくない俺が聞くと、歌詞なのか叫び声なのか分からないけど…
こんなにも、にこやかに爽やかに微笑んでいる天笠さんが、平然と聞いているのが不思議なぐらいの楽曲。
いや…別に偏見は無いけど、これだけの爆音。
本人の耳が、若干心配になる。
俺だって、たまにロックだって聞くし。
少しならヘビメタだって聞くこともあるけど…
「聞くのは、構わないけど…音量下げて聞いてよ…」
頷いているようで素知らぬ顔して、再びパソコンに向き合う天笠さん。
しばらく打ち込んだ後、フイに振り返ると…
「…明日の職員会議会議で、使う資料の入力が、もう少しすると、終わるから。一緒に帰ろう」
「うん…」
結論から言うと、俺と目の前で入力作業している天笠 緑雨さんは、付き合っている。
付き合っていると言っても、イチャイチャしている恋人って訳でもない。
だから一応。
何って言うか、押し掛けて付き合う事に漕ぎ着けた。
お互いに?
別に無理矢理にとか、弱味を握って脅したとか、脅された訳じゃない。
誠実に? 誠実な?
何って言うか、小学生の子が、初めて人を好きになって、取り敢えず付き合い始めた雰囲気に似てるのかぁ?
まぁ…俺の告白を、否定しなかったし。
迷惑とか、そんな気は、元々ないのか怪訝な表情もされなかった。
それは、それで俺的には嬉しくて…
舞い上がってしまえる程だ。
ただ…
天笠さんが何を考えていて、俺をどう思っているか、分からなくて不安で仕方がない。
恋愛がどんな感じなのか、判断する要素も経験値とかも足りないし。
ずっと、片想いだったから。
でも、付き合ってもいいって言われても、天笠さんの口からは、好きだとか聞かないし。
俺が、押し掛けてしまったから。
図々しく聞いていいものなのか…
答えが、分からない。
⒋
何が、好き…
ドコが、好きか…
単純に考えれば、容姿とか顔よりも雰囲気に癒される。
確かに天笠さんは、カッコいい。
優しそうだし。
見ているだけで、ジンワリとする。
たまにケホケホって、咳き込んでいる姿を目にして、大丈夫ですか? って声を掛けてしまいそうになるを、必至で押さえてる。
ナゼ、必至なのかと言うと…
作業室と呼ばれ出した室内を、通り過ぎ様や休んでいる振りをして見ているから。
向こうだって、見知らぬ生徒から声を掛けられたらビックリするだろうし。
見続けるって言うよりも、スマホを見る振りをして見守る。
もしかしたら何で、そんな所でスマホを見ているの?
と、問われたら何って言い返そうか…
どう見ても、不審者だよな?
自分でも、怪しいって思いし。
でも、俺の悪い癖で目で追ってしまう。
気になると、全てが気になる。
こんなの真潮にバレたら速攻で、見張られる。
近付くなと目で牽制されるのは、初めてじゃない。
それだって、俺を心配しての事だし。
俺だって心配は、掛けたくない。
それを踏まえていたはずなのに…
何で、後付けちゃったかなぁ…
夕方の薄暗くなる頃俺は、道端で項垂れていた。
目の前には、木造の建物ではあるけれどモダンな造りで洋館と言う言葉がしっくりとくる。
かなりの大きさがあるお屋敷。
屋敷の周囲も、モダンな鉄柵で囲まれていて手入れの行き届いた庭木が生い茂っている。
場違いにも程がある一般人 (高校生) 完全に不審者。
キョロキョロしたら、余計に不振人物。
戻ろう。
うん。逃げよう。
こんな事、真潮にバレたら。
いや…そもそも、ドコでバレる?
いやいや。
ココ学校の近くだし。
常に誰かの目があるのは、分かりきってる。
勢い良く振り返ると、人影が俺の前で立ち止まっていた事に気付いた。
恐る恐る。視線を横にずらす。
「どうしたの? アナタ2年の…確か…縹 櫟くん…」
あの時の事を思い出すと、鳥肌と言うか、悪寒が走る。
天笠さんは、笑った。
「まさか、付けられてるとか、思ってなかったし。姉やそれを見ていた従兄妹達に教えてもらった時は、ビックリした」
いま…何気にサラっと、付けられてたって言われた。
「別に俺、天笠さんを困らせようとか、怖がらせようとか思ってなかったし…」
ベタだ。
気になったからとか、道端で見掛けて声を掛けようかと、迷っているうちに家の前まで来ちゃったとか…
「その十分。重いって思われてる自覚あるし」
何か、天笠さんのことだから気付かれているかも…だしね。
「重いかぁ…」
そりゃ…俺は、めんどくさいヤツみたいだから。
「あのさぁ…どの辺りが、重いの?」
「……………」 マジ? 直球で聞く?
やっぱり。
…天然?
えっ…天然の人と付き合うと、こうなんの?
いやいや…
それは、ないだろ?
確かに、家まで付いていた日の翌日。
昨日の事がバレてないか、確かめたくて作業室の前を、ウロウロしていた俺。
家の前まで、付いてきたヤバいヤツ認定されてるかもで、声を掛けようとしてタイミングを上手くつかめなくて、朝から放課後まで…
ずっと、ウロウロして…
もう自分が何に対して、悩んでいるのか分からなくなって、思考力が低下していたんだろうな…
急に背後から声を掛けられて、慌てて振り向いたら天笠さんが、立ってて…
また声を掛けられそうになって、頭が真っ白になりながらオロオロするばっかりで、思わず天笠さんの口元を手で押さえしまった…
まぁ…放課後だから人の気配とか、視線らしいものを感じなかったから良かったようなもので…
初対面で、人の口を手で塞ぐとか…
やっちゃ…ダメなやつ。
行き場のない手を、天笠さんの口元から離すと、何も考えられなくなってて…
昨日の家まで付いていったのが、可愛く思える気がした。
「…………」積んだ。
学校の職員って言う人ってのもあるし。
学校の運営者側の人でもあるしで、思考が停止したと言うか…
呆けてしまったと言うか…
俺が、ボーッとしているように見えた天笠さんが、腕を掴んで作業室に招いてくれた。
そして、普段は自分が座っている椅子に腰を下ろさせてくれた。
よく見ると、ケトルとかあってお湯を沸かした直後だったのか?
コーヒーを、入れてくれた。
「どうぞ。落ち着くよ」
ニッコリして、コーヒーをオレの前に起き。
別のカップに入れたお茶を、予備で置いてあるのか、天笠さんは自らパイプ椅子に座ると、自らもコーヒーを飲み始めた。
何って、切り出す?
静かにコーヒーを飲む天笠さんの横顔が、キレイで赤面した。
「? どうかした…」
まさか見惚れてましたとか、言えない。
「あの…スミマセンでした。急に…その…」
「あっ。俺の方こそ急に声を掛けたりして、ごめんね」
これだけキレイで、カッコ良ければ、絶対に女子からモテるんだろうな。
ここに来てから1週間、女子達に囲まれている姿も何度か目撃している。
その都度、ずっとイライラが絶えない状態での。
あの強行に、はしったと言うわけだ…
「そう言えば、昨日の家の前に来たって姉と従兄妹に聞いたんだけど…何か、用でもあった? 姉が、遠目に俺の後ろを歩いていた縹くんに気付いていたらしくて…」
飲みかけたお茶を、吹き出し掛けた。
焦ったとか、そう言うもんじゃない。
「あの…縹くん。大丈夫? 火傷してない?」
「だ…大丈夫…です…」
大丈夫じゃない。名前バレしてる!
付けてたことも、身内バレしてる!
そりゃ…バレるだろ?
天笠さんのお姉さんは、あの紅雨先生で、1年の時の教科担当だったんだよ。
知らないわけないいじゃん!
しかも、他の親族の人にもバレてるし…
下手ないい訳しても、直ぐにバレるよ。
もうこれは、開き直って…
「あ…あの…」
「あの聞きたかったんだけど、縹くんの…その匂い…」
えっ…匂い?
俺…臭い??
思わず自分の服を嗅いだ。
「あっ、そう言う意味じゃなくて、いい匂いがするから柔軟剤の匂いかなぁとか…香水かなぁ…って気になって」
そっちの匂い?
「俺…自分で洗濯して、いい香りの柔軟剤とか、芳香剤とかフレグランスとか…色々と、こってて最初ココに来たときに廊下で擦れ違ったの…覚えてないよね。その時から気になって…」
「…………」
あの時、気付いててもらえたんだ。
なんか、嬉しい。
心臓の奥が、熱くなった。
「あっ…ごめんね。何か、キモいこと言って」
「いや…別に…その…」
内心、母へのポイントが爆上がり状態だ。
俺自体、いい匂いは好き方で特に何も言わなかったから。
こう言う展開になったんだよな?
「それ…多分。母が若い頃からこってる。フレグランス系の香りだと思います。それ以外にもよく柔軟剤とかブレンドして入れとりとか、友達頼まれて…そう言うのアドバイスとかしてるから…」
「本当? やっぱりそうだと思った」
屈託なくニッコリ笑う顔が、好み過ぎて…
ぶっ刺さってしまった。
と、同時に気持ちが緩んで、手に握られたままのカップからコーヒーが、ザーッと流れ落ちた。
「縹くん大丈夫…じゃないよ。それ!」
手近にあったタオルや布巾で、膝を拭かれて、我に返り自分で拭きますと天笠さんから布巾を受け取り膝を押さえ付ける。
何してんだろ?
俺…ハズ…
「膝だけだけど、早く洗わないと染みになるよ」
制服は、濃グレーベースのチェック地だから染みになったら100%目立つわな…
「今日、ジャージあったりする?」
えっ…
「ハイ。廊下に…置きっぱに…」
「ヘェ…あぁ。あの壁際にあったリュックのスクールバッグ縹くんのだっんだ」
と、言いながら廊下に出ていく天笠さん。
「いや…あの…その…このまま帰りますから !!」
廊下から戻って来た天笠さんは、俺の荷物を抱えて目の前に置いた。
「取り敢えず。下だけでもジャージに着替えて……あっ、待ってて !!」
そう言い終えると、天笠さんは部屋を出ていってしまった。
「待ってて……」
何か…固まって動けなくなってしまったようになって、茶色の染みみたくなった制服を見詰めてた。
20分後まではいかないぐらいの時間で、天笠さんは早足で戻って来た。
「ゴメン。本当は、もっと早く走れるんだけど…今走ると咳が止まらなくなる……って、着替えてなかったの?」
「えっ…あっ…えっと…」
その時、差し出されたのは、紙袋に入れられた制服一式。
「このまま帰られないでしょ?」
「あの…コレ。誰のですか?」
「…ゴメン。それ俺の…でも、最初に作った制服が、小さくなって、3年の時に作り直したやつだから。そこまで汚くないと思うし。ちゃんと保管してたから大丈夫だと思うよ。あっ…でも、念のために確認してね。丈とか」
……天笠さんの制服?
在校生だった頃の制服…
「縹くんの身長でも、大丈夫かと思うんけど、手足長いから…本当に確認してほしい。でも、手足が長いって羨ましい」
えっと…
何言っての? この人…
自分だって、それなりの身長でその容姿で、俺よりも顔小さいって言うのに気付いてない。
「…無自覚?…」
「ん?」
その返しに、マジかと脱力した。
確かに俺よりも、少し低いぐらいだけど、本当にほんの少し。
パッと見同じって言っても、変わらないと思うんだけど…
天笠さんって、本当に天然?
これが、素なの?
ポヤポヤしてそうじゃなくて、本当にポヤポヤしてんの?
ホワンと、笑顔を向けられても、不安でしかない。
この人…なんかもう。
全てに置いて、無自覚すぎない?
自分が、どれだけモテて声掛けられて…
目をつけられてるとか、気付いてもいない?
「俺…外に出てるから」
コレ着替えないと、ダメな雰囲気?
本人の制服って要は、私物って訳で…
恐れ多くて履けない。
善意だって事は、分かるし嬉しい。
でも好きな人が、当時着ていた制服ってパワーワードだけに、言っちゃ悪いけど勝手に邪なイメージが沸いてきてマジで、自分の気持ちに幻滅する。
こんな俺が、天笠さんの制服を着て帰るとか…
自然に近付ける口実だけど、初回の手で口を手で塞いでしまった事でジャージで帰った方が、マシと思ってしまう。
いや…だって俺…
純真ってよりは、確実に近付きたいって私欲的なモノに近いし。
こんな欲まみれな俺が着るとか、色々とヤバい。
「着替えられた?」
「…………」
発せられた言葉の後に一呼吸おいてから扉があけられた。
「えっ…まだ…着替えてなかったの?」
ダメだ。
「あの折角なんですけど…ジャージで帰ります。失礼しました !!」
これ以上ないって、くらい慌てて部屋を後にして気が付いた。
絶対。失礼なことしてる。
モヤっとした情けない気持ちが、押し寄せてくるようで、なんでこうなったとか…
折角、親切にしてもらえたのになんか無愛想で変にかこつけて…
謝ったようで、謝ってなくて、
ちゃんとお礼も、言ってないし。
ダッセーッ…
その後は、ロッカールームに立ち寄ってジャージに着替えて家に帰った。
まぁ…俺は、別に何着ててもかまわないふうで、特に格好とか興味ないしで…着られればいいか?
ぐらいな感じ。
服買うのも適当だし。
良いなぁって、思ったものを値段見て買えそうなら買うし。
買えなさそうなら似たやつで、安そうなのを、買うようにしてるぐらい無頓着だったりする。
「ちょっと、櫟! どうしたのこの染み…」
「コーヒー…」
「なんで、直ぐに水洗いしないのよ!」
水洗い?
「少し濯ぐだけでも、違うのに乾いてるじゃない! 落ちるかなぁ? この時間でも、近所のクリーニング屋さんやってるかなぁ?」
「…そんなの…さっきまで、着てたジャージと一緒に洗濯機に入れその後に乾燥にでも掛ければ…」
母親の顔が、歪んだ。
「これが洗濯可ならね…ってか、ジャージは、直ぐ乾くわ。この制服100%って訳じゃないけど羊毛が入ってるのこんなの洗濯機にぶちこんで、洗った制服…シヌわよ…」
「えっ…?」
「これは…クリーニング。どのぐらい日にち掛かるかしら。って落ちるかしら? その間…明日から制服どうしよう!」
スマホのゲームでしながら口をあんぐりとさせる俺。
あっ…だから。
“ 早く洗わないと染みになるよ ”
って、クリーニングになるかもしらないから自宅から。制服を持ってきてくれたの?
普通に、親切にしてされただけじゃん。
何、一人でアホな事考えて、勝手に暴走してんだ?
ホント。カッコ悪い。
ピンポーン。
「ちょっと…アンタなに悶えての? 気持ち悪いよ。良い顔面が、崩壊寸前よ」
「ヘェ?…」
「それより。インターホン鳴ったから見てきて…って、ホント酷い顔して呆けてるわね」
母は、ブツブツ言いながら玄関に向かい直ぐに紙袋を、抱えて戻って来た。
アレ…
その紙袋見覚えが、有るんだけど…
「コレ…学校の職員さんが、持ってきてくれたんだけど…何でも、自分の不注意で、コーヒーを掛けたって…」
「ちょっと待って、不注意で掛けたのは、俺の方だから !!」
「それは、聞いてたから。言っておいたけど。これは、さっき渡しそびれた替えの制服ですって、届けに来てくれたんだって、そんなに着ていないから。もし良かったらって……って ! 聞きなさいよ !!」
俺は、そのまま自宅を飛び出した。
家の前は、真っ直ぐだから。
追い付けないと、分かってる。
遠くに一瞬見えた茶色の軽は、紅雨先生の愛車だ。
天笠さん。
あんまり走れないとか、ケホケホ咳してるし体が弱いのかも知れない。
そんな人に…
俺、無理させたのかなぁ…
具合悪くなったりしたら。
どうしよう。
俺、自分の事ばっかで、お礼とかしてない。
迷惑かけてるだけだ。
天笠さんが、喜びそうなもの…
お礼になりそうなもの…
紅雨先生の車らしきものが、大通りに曲がった時、角に母が言っていたクリーニング屋が飛び込んできた。
クリーニング…
何か、妙に納得したように自宅に舞い戻る俺は、真っ先に母に柔軟剤の件を話した。
「柔軟剤?」
「うん…」
「うちのは、SNSに投稿されてたアイディアを試して自分なりにアレンジしたやつよ。少しずつ改良を重ねて、この香りなのよ! レシピって言う程でも、ないけど」
「…その。さっき制服を持ってきてくれた人が、知りたそうだったから。お礼になるかなって…」
「そう言うのが、好きそうな人なら良いんじゃない ? あっ…良かったら。ブレンドした柔軟剤もってく? アレ粒だから。小分けして2回分ぐらいなら。迷惑にならないと思うし。小瓶があったと思うから。準備しておいてあげるわ」
…と、持たされた小瓶をスクールバッグに入れたまま廊下を、ウロウロしていた次の日。
あっと言う間に放課後って、俺…ただのビビリ?
度胸なし?
なさけねぇ…
その挙げ句。
やつれているせいか、クラスメート達には、寝不足や真潮には変な顔してと茶化された。
…半べそな心境なんてますけど…
とは、言えず。
勇気を振り絞って、いざ天笠さんに声を掛けようとしたけど、何か忙しそうにパソコンに張り付いていて、朝からずっとキーボードを打ち込んでいた。
そりゃ…
天笠さんは、仕事でここにいるわけだし。
-登校前-
『折角、貸してもらったんだから着てけば?』
『本人に、お礼も言ってないのに着れっかよ』
『この頑固者が、意固地なってんじゃねぇ~わ』
母親の挑発と言うか、その態度にあてられたらしい俺は、ジャージで家を出た。
別にジャージで登校しても、おかしくはないし。
何なら朝練がある部活は、ジャージ登校してくる生徒もいる。
まぁ…さすがに朝からずっとは、俺ぐらいで、周りから何があったのかと、たずねられたし言い寄られた。
勿論。俺を変な顔している呼ばわりした真潮にも、同じ事を言われた。
ただ…
真潮は、幼馴染みだけっあって思考が鋭く油断はできない。
普通にコーヒーが、制服に掛かってクリーニングに出す予定だと皆に説明したのと同じ説明をした。
「俺って、ドジだよな…」
何だろう。
この勘づかれてる感じ。
「だって、お前。コーヒー苦手で、飲まねぇから…」
そう言う所を、よく見てるのがさすが幼馴染み。
「まぁ…別にいいけど、迷惑掛けんなよ」と、作業室をアゴでしゃくり立ち去った。
さすが、鋭い原口 真潮と、俺の脳内で拍手が沸き起こった。
で、あっと言う間に放課後だ。
小さな子供の方が、過ぎる時間の感覚が長いと言われているけど…
俺からしたら特に何が早くて遅いのか、ピントこない。
これが後、何年後か先になると、意味が分かったりするものなのかなぁ…
なんの事なんだろう?
時間が、早く過ぎるって……
俺にも、分かる時がくるものなのかな…
取り敢えず。
昨日の事は、丁重に謝って…変な誤解も解いて。
制服のお礼を言ってから明日から使わせてもらおう。
これで、良し!
作業室の前で大きく深呼吸して扉の窓を見詰める。
天笠さんは、居るには、居る。
でも、掃除当番の時、鍵占めも兼ねてココまで来たついでに天笠さんの様子を伺っていた時とは、違って頬杖をついて…
寝てるっぽい?
居眠り?
そう言えば、今日の天笠さん休憩してる所、見てない気がする。
体の調子あんまり良さそうじゃないのに、無理してるんじゃ…
⒌
入力作業と見直しは、6時限目には終わっていた。
得意、不得意は有るだろうけど、こう言う入力作業は、嫌いじゃない。
仕事が終わった安堵感と癒し目的を理由に気分転換にと、アプリの中でお気に入りにしていた音楽をランダムにして繰り返し聞いていた。
…まぁ…何と言うか、その…
好んで聞いている曲が、轟音で爆音と言うかハードと、言うか…
性格と顔に合ってないと、よく言われる。
それでも、好きな曲調でもあるし。
好きなように聞いているけど、たまに音が大きすぎると言われる。
それはまぁ…本当に稀なこと。
いつも、音漏れするような音量で聞いている訳じゃない。
気分がのらない時とか、モチベーションを…なんとかしたい時や集中力を高めたい時とか……
後、もう一つ。
考え事したい時…
「……………」
昨日の縹くんの家に制服を渡しに行ったとき思ったこと…
対応してくた縹くんのお母さんに見覚えがあった。
本人は、俺を知らないようだったけど…
俺は、知っていて…
多分。
縹くんも、気付いていない。
…そりゃそうだよなぁ…
挙動不審ではあったけど、本人が、覚えているようには、見えなかったし。
仮に覚えていたとしても、その彼にしてみれは、黒歴史だのもの。
知らない振りしてやり過ごすも…
案外、手立てかも知れない。
だって、転んで膝を擦りむいて…
大泣きしちゃって…とかだけでも…
恥ずかしいのに。
「……アレは、言わない方が…いいかなぁ……」と、口をついて出てしまった言葉に一番自分が、ビックリした。
ホントに…
お母さんの方に見覚えが、あったから覚えていたとも、言い切れない。
まだ小さかった縹くんにしがみつかれたとき嗅いだ。
いい匂いを、何となく覚えていたことも、思い出したし。
ここに来たときは、いい香りのする生徒さんぐらいの印象だった。
後は、
よく視界に入ってくる子だなぁ…みたいな…
それで、色々あってからの。
昨日の玄関で、対応してくれた縹くんのお母さんを見て。
あの時、俺から離れたくないと言いながらしがみついてきた男の子が、縹くんだって気が付いた。
まるで、答え合わせしているみたいな…バラバラで、何枚か重なった絵が、ちゃんとストーリーになったみたいで、府に落ちた。
ドコにでもあるって言えば、そんな香りかもしれない。
でもそれだけ気になったのは、似た香りを、ドコかで嗅いでいたから…
なのかなぁ…
まぁ…あれだけ印象に残っていれば…
俺も俺で、随分と記憶の引出しの中ではかなり手前にしまっていたんだろうか?
あの時の縹くんの必死さと言うか、放したら負けみたいな…
言われてみれば、昨日も似た顔してた。
『ヤダ。バイバイとかしたくない…』
俺も、真面目に
『何で?』
なんって聞いたから。
縹くんが、小さく言葉を呟くと同時にお母さんが来て、無理矢理引き離されて平謝りされた。
より一層ギャン泣きされて、埒が明かなくなって…
『あっそうだ。良いものあげる。どうぞ』 って、スーパーボールすくいで、取った中にあった。
大きめの青いボールを、あげたら泣き止んだ。
嬉しそうに笑ってくれたから。
なんとなく…いいかなぁって…
でも、よくよく考えると、あれ以降だよな。
匂いとか、香りに無意識に鼻が反応するようになったの…
って、こんな話されても、当の縹くんが覚えているとは、限らない。
あの一言が、原因でも。
当時の話しを、覚えているかどうか本人に聞く訳にもいかないだろうし。
でも、仮に覚えていたらどうなんだろう…
いや…考えすぎかぁ…
「……………」
⒍
天笠さんは、下を向いているような俯いている姿にも見えた。
そんな天笠さんを見ながら。
そっと、扉を開けた。
もしかしたら眠っているのかもしれない。
そんな微妙な雰囲気にあてられて、戸惑いながら声を掛けようとすると……
近付いて、分かった事があった。
何か騒がしいと言うか…
耳に聞こえる音と言うよりも、響く圧と言うか…
よく見るとワイヤレスイヤホンをしていて、そこからの音漏れらしい。
いやいや。
ワイヤレスイヤホンからの…
音漏れって ?!
えっ…と、その前に、これ普段から聞いてるのか?
俺だって…
ロックぐらいは、聞くけど…
この感じは、ヘビメタだよね?
しかも…叫んでいるのか、歌詞なのか聞き取れない曲調が、耳に入れてあるワイヤレスイヤホンがずれてか、とんでもない小さな爆音が、わずかに漏れ聞こえている。
って、この人の耳、大丈夫かよ?
もしかして、居眠りしてるように見えるんじゃなくて…
音楽にノッてるとか?
机に置かれたスマホの画面は、ドギツイ原色とバンドのロゴらしきもので…
「え゛っ、マジ?」
優しそうな見た目と、ヘビメタを爆音で聞き入るギャップの爆誕をくらった。
好きになった人の見た目と、中身が違うらしいとか、聞かない話じゃない。
そもそも、知れてラッキーぐらいに思わないと恋愛って、出来ないとか?
いや…その前に、ギャップってなんだよ?
自分の持ってた価値観と、合わないからギャップって言うのか?
…なら。
ギャップって言うのは、おかしいだろ?
俺だって、真潮から口悪いとかよく言われる。
それを見た目と、合わないから直してと言われても、それはほっとけの話しになるだろ?
なんって、思いながら。
天笠さんの方を見る。
近距離で漏れる爆音とは違い。
涼やかな天笠さんの目と俺の目が、合ってしまった。
ビックリしたのは多分、俺よりも天笠さんの方だろう。
突然、視界に俺が現れたのだから。
「あっ、やっぱり縹くんだ…」そうでも、なかった?
仰け反った俺を見上るように天笠さんは、体をこちらに向き直した。
俺はと言うと、その仰け反ったまま床に座り込んでいた。
今、やっぱり俺がって、言わなかったか?
「あの…だ…大丈夫?」
ワイヤレスイヤホンを耳から取って俺に手を差し出してくる天笠さんは、やっぱり見た目のまま爽やかでカッコいいけど…
微かに重低音が、響いていて、
そっちに意識が持っていかれて…
思わず机の上に置かれたスマホとワイヤレスイヤホンの場所を、見上げてしまった。
天笠さんも、つられるように机を見て慌てるように音源を切った。
「ゴメン。うるさかったよね」
「いや…別に俺の方が、勝手に入って来たし…」
そっと入ったのは、間違いない。
「…あっ、やっぱりジャージなんだ。えっと、制服は…」
気まずそうに、そうって言うよりも、俺に視線を合わせるように、しゃがんだ天笠さんが、若干寂しそうに笑った。
「あの。違うって、お礼も言えてないし。そんなんでは、着れないって言うか…俺、昨日ずっと失礼な事ばっかしてて、ろくに謝りもしないで、勝手に出ていったし…図々しく思われたくなくて…」
「………」
重低音が、止まった分。
静かすぎて逆に怖い。
ヤバい。
何か、泣きそうになるぐらい混乱してる。
ってか、泣きそうって何?
「…あの…別に注意しようとした訳じゃないし。来た人は、縹くんじゃないかなって…」
そうだよ。
俺が来たって、何で分かるの?
「その…匂い…」俺、生徒さんに対して何、言っているんだろう?
縹くんの顔が、ポカンとしている。
「…………」
ヤバい。引かれた。
「あの…服の柔軟剤!…」余計に変な事言ってる気がする。
何だこれ…
気まずい。
慌ててる俺の前で縹くんは、スクールバッグからゴソゴソと、何かを取り出した。
「あっ、コレ…制服を、貸してもらったお礼です」
粒状の柔軟剤が、入れられた小瓶を差し出された。
「昨日、柔軟剤とかフレグランスとか…言ってたし」
俺から小瓶を受け取る天笠さんは、戸惑いながら
「ありがとう…」と言ってくれた。
あぁ…
今日は、これだけで十分だ。
「…あの…じゃ…俺、行くんで…」
少し…どころじゃなくて、かなり未練がましい思いはあるけど…
扉に手を掛けた時、天笠さんは、静かに切り出した。
「青いスーパーボールって、あれからどうなった?」
おそらく酷い顔してたと思う。
「……………」
その発言に対して俺は、作画崩壊どころの表情じゃなかっただろう。
「…スーパーボールなら。持ってるけど…家にある…」
「そうなんだ。良かった」
マジですか?
起き上がったはずが、またその場にへたり込んだ。
「そんなにビックリするところ? 実際、4~5才しか離れてないし。あの幼稚園は、俺も通ってたし縹くんの家からも近いでしょ? 地区は違うけど…ならドコかで会っていても、不思議はないよ」
そんなに、あっさりと言われても…
えっ…と、マジで、あの時の小学生が…天笠さん?
「うん」
そんな軽い返事に、しどろもどろになるぐらいドキドキしてしまった。
「いや…だって、なんで俺の事…覚えているわけ?」
う~んと、首を捻って見せる天笠は、申し訳なさそうに答えた。
「正直に言うと、縹くんのお母さんを見て気付いたが、正しいかな…」
あぁ…あの人。
ここ10年ぐらい顔変わってないから。
目指せ美魔女が、口癖なもんで。
「…あの時抱っこしてた子も、いい匂いしてたなぁ……って、思い出して……あっ…」
そう言って天笠さんは、押し黙った。
言いたいことは、何となく分かる…
俺も似たような事を、やらかしてる感が、半端ないから…
そう。ドコまで、話を戻せばいいのか分からない。
兎に角、沈黙が重い。
えっと…取り敢えず。
あの青いスーパーボールは、宝物ですって、言った方がいい?
それもどうかと思うけど、10年以上も前の話を覚えていてくれてたとか、感動もんじゃん?
「少し、気になっていたんだ、あの時、結構派手に転んだから大丈夫だったかなぁ…って…」
しかも、気にしてくれていた。
親友の真潮が、引く程の騒ぎを起こしたって言うのに、何か天笠さんって、めちゃくちゃいい人過ぎる。
自分よりも小さい子を、助けてくれたり。
まぁ…それが当たり前って言えば、そうなるけど俺にとっては、十分すぎる程、特別な思い出だから…
やっぱり好きだなって、改めて思ってしまう。
さすがにこの出会いが、運命だとか、騒ぎ出すつもりはないとないけど、そう思えてしまうから不思議だ。
運命って、何だろう。
偶然?
それとも、有るようで無いもの?
自分に置き換えたとき、思い浮かんだのは、そんなところ…
運命って、思ってもいいですか?
何って聞いてしまいそうになる。
俺の横で、しゃがむ天笠さんが、静かに俺を見てる。
「…見過ぎです」
「ゴメン。つい…」
「…あの。俺自分勝手で、我が儘で惚れやすくて、でも同じ人を、2度好きになるって事は今まで絶対になかったし天笠さんには、迷惑な話だけど俺は、天笠さんが、好きです…」
……って、
言いたいこと、全部ぶちまけてしまった…
告るタイミングとか、考えろよ俺 !!
顔あげられないじゃん !!
そんな俺の耳に天笠さんのクスっとした声が響く。
思わず顔をあげると天笠さんは、微笑むみたいな顔で、相変わらず俺を見ていた。
「あの…」
「ゴメン。知ってた」
えっ?
「じゃなくて、縹くん。カッコいい顔なんだから。そんな変な顔しないで!」
「だって、知ってたって…」
知ってたは、言いすぎかもしれない。
でも、寂しそうな顔してたり。
休み時間の度、作業室の廊下に来てるみたいで…
「声掛けた方が、いいかなって思ったんだけど、俺から声を掛けると色々と問題になりそうだし。ちょっと、悩んでた…」
天笠さんの言葉を、拡大解釈した訳じゃないけど…
少しは、気に掛けてくれていたんだとか、自己満しかける。
おそらく。
俺と、天笠さんの相手に向けている思いは違う。
好きと、気に掛けているは、全然違う。
それでも、どうしようもないぐらい存在が大きくて…
小さい頃。
好きになった人を、また好きになるとか…
どうしても、期待してしまう。
「あの…天笠さんが、俺に声を掛けようとしたのは、廊下をうろついていたからとか?」
「違うよ。寂しそうって言ったけど、目がさぁ…泣きそうになってたから…」
皆は、寝不足なの? とか真潮でさえ変な顔してるとしか言わなかったのに…
泣きそうって、分かってた?
「でも、何でそんなこと」
「だって…本当の痛がる顔も、泣いてる顔も、悔しがる顔も、最初に見せられてたから。我慢してるのかなって…」
そう言いながら。
差し出された天笠さんの手…
どんなに外見が変わっても、中身なんって。
確かに、ガキの頃から変わってない。
我が儘で自分勝手で、惚れやすくて…
ホントに面倒くさいヤツだ。
差し出されたその手を、取る振りして、おもいっきり天笠さんを、自分の方に引っ張った。
倒れ込んでくるのは、分かっていたからそのまま抱き留める。
「縹くん ?!」
「俺が我が儘って、知ってるなら。付き合ってくれますか?」
「えっ…」
もぞもぞと、俺の腕から顔を覗かせる天笠さんは、戸惑っているようで赤い顔をしている。
「あっ、でも付き合うって言っても、ドコかにとかじゃなくて、その恋愛的な意味で…」
そう言いながらも、シュンとした縹くんの表情は、ホントずるい。
振ったら……
「…泣いちゃいそうとか、思ってます?」
「えっと…」
「好きか、嫌いかで言って下さい。その方が、諦めも付くし…」
この抱き締められた体勢で?
顔が体に近い分、発せられる声の大きさや息遣いが、リアルに聞こえて…
喘息の発作の苦しさとは、また別な締め付けらる苦しさが広がった。
好きか、嫌いか。
結局そのどちらでも、答えになるからと縹くんは、あの時と同様に小さく呟いた。
「ねぇ…縹くんちょっといい? あの夏祭りの日、縹くんが抱き付いたまま離れなくなって、お母さんが無理やり引き離そうとした瞬間…」
忘れもしない黒歴史。
「あの時ね。縹くん俺に、好きなんだもんって…小さいけど言ったの覚えてる?」
“ 好きなんだもん ” ?
「俺が、言ったの?」
「そうだよ」
「覚えてるとか、じゃなくて…その必至だったから…」
何…今更。言い訳してんの?
ハッズ !!
何って事を考えていたから。腕が緩んだのか、這い出ようとした天笠をまた強く抱き締める。
だって離したら。
もう絶対、近寄ったらダメだって自分に呪いとか掛けそうで怖いから離したくなくて…
でも、今みたいに油断したら離してしまいそうだった。
なので…
そのままハッキリと言った。
「俺が、好きなのは変わりません」 と、「えっと……」一瞬、伏し目がちになる天笠さん。
聞かなくても、天笠さんの言いたい事は分かる。
恋愛対象は、異性だろうし。
“ 付き合えない ” だろうって…
あんまり考えたくないけど、付き合ったことがある人も、女子なんだろうな…
カッコいいし。
付き合った事のある人が、羨ましい。
マジで、悔しい。
普通に告って、付き合えるって…
どんなに、いいか…
「だから。なんでそんな顔するの? 俺まだ何も言ってないよ…振らましたみたいな目をしないでほしい」
天笠さんは、俺から身を起こして前に座り込んだ。
「しないでって、俺…振られるんでしょ?」
「さっきも言ったけど俺は、まだ何も、言っていない」
「いや…だって、普通に引くでしょ? 男から告られるとか…今までだって付き合った人は、女子だろうし…」
「…まぁ…そうだけど…」
「……………っ…」
って、否定しないんか!
落ち込むしかないじゃん。
振られたら…
この落ち込みの数10倍の不が、重くのし掛かるってこと?
「えっ…縹くん…」
それ考えたら。
立ち直れる自信がない…
「あの…やっぱり告白は、無しで…」
うん。本当に自分勝手なヤツだな…
ここまで、人を振り回しておいて…
「無しってなに?」
おもいっきり。
自分の手の平で、縹くんの両頬を包む。
それは勿論、目を見て欲しかったし。
ちゃんと、言葉を聞いてほしい。
縹くんの声も、聞きたかった。
「……無しって…なに? は、そのままじゃん。俺と違って天笠さんは、普通に恋愛してて…」
「ってか、普通ってなに基準? 俺が誰と付き合ってきたかとか、過去でしょ? 話を逸らすな。自分から告ったんらなら。俺の返事を聞くぐらいの姿勢みせる!」
いや…まぁ…そうなんだけど。
「縹くんさぁ…本当に無しにさられても、いいの?」
「いいのって?」
この人は、何を言おうとしているの?
「縹くんは、好きだから俺に、告白してくれたんだよね? 」
頬っぺを、ムギュっと挟むのヤメレェ…(泣)
これなんの拷問?
好き人に見せれる顔じゃねぇーし
顔歪んでるっしょ?
あぁ~っ、もう~っ !!
「……本気で、好きだから告った」
ムッと膨れたガキみたいな俺は、天笠さんの 「ありがとう」 の声に耳を傾け目を見開いた。
こんな年下のガキの告白に…
ナニ嬉しそうに、笑ってんだか…
マジで、調子狂いそう。
相変わらず天笠さんは、俺の頬に手の平を添えたままだから。
顔が、熱くなってくるのバレてんじゃん。
簡単に告白なんって、出来るわけない。
ましてや告白相手は、同性だし冗談と流されるかもと覚悟したはずだったけど、天笠さんは俺のガキ頃の告白も覚えていたし。
(言った本人の記憶なし…)
振られたらキッパリ諦めるとか言ったけど、諦められる気がしない。
欲が、出た。
その欲が、言葉に変換される。
「…で? いつまで、俺の頬っぺた持ってんの?」
「離したら。目…逸らすでしょ」
「逸らさないから!」
これって、急に抱き締めたりしたから反撃されてる?
なんか…試されてるようで釈然しないけど俺が、天笠さんの手の甲にソッと手を重ねると、意外な顔をされた。
やっぱりこの人、天然か?
まぁ…いい。
「2回も告白してんだから。返事を下さい」
「うん。いいよ。付き合う」
「………へぇっ………」
「ただ生徒さんと一応職員だからね。バレると、アレだね……」
目の前には、本気で悩み始める天笠さん。
俺はと言うと、まばたきを忘れてジッと、見詰め続けてしまった。
「どうかした? それとも…家族にだけでも伝えておこうか? これから付き合う事になりましたって」
家族に?
「ダメに、決まってるって!」
俺の叫びにビックリした天笠さんは、俺の頬から手を離した。
「えっと……なんで?」
真顔で、なんでと返されるとは…
「いや…俺から告ってOKって、返事されるのは、嬉しいんだけど…」
その前に色々…
「そ…卒業するまで内緒で、お願いします !! だから今は、その候補って事で…」
俺も、なに言ってんだ?…
その前に何で、OKしてくれたわけ?
「あの…」
「ん?」満面な笑み。
「俺の告白を、断らなかった理由って…何か聞いていい?」
少し考えてから天笠さんは、口を開いた。
「…また会えるとは、思ってなくてまさか、まだ青いスーパーボールを持ってるとか、嬉しかったから……にして、おこうかな」
そう。
はにかむ様に笑った。
「なんだよそれ…」
でも、ホントの所は、酷く擦りむいた膝のケガの具合が、後々気になった当時の天笠さんが、色々な人に俺の事を聞いて回ったらしいんだけど…
探し出せなくて、少し落ち込んだとか…
季節が、夏休みだって事もあって他県の子が、たまたま来ていたから見付からなかったんだと納得させたらしい。
そして、見付からなかったのは、当時の俺の醜態を、恥ずかしがった母が、皆に口止めしていたからだった。
そんなこんなで、今になって俺と再会して、柔軟剤の匂いと俺の母親を見たことで、あの時の子が俺で、その子からの告白された事も同時に思い出して……
とか、分かるかよ!
それにこの事実って、やつを知るのはだいぶ先になる。
そう…
卒業するまで、この話しは、内緒されていた。
最初に付き合ってる事を、内緒とか、候補って言い出したのは俺だから。
仕方がないけど…
⒎ 最後の話し。
…で、既読のつかいメッセージに怒っての場面に戻る。
ただでさえ咳き込んだりするのに、無理しないでほしい。
大事な人だから余計にそう思う。
「気を付けます…」
「ったく。そんなにそのグループが、好きならライブとかフェスとか行ったら? 生で聞く迫力は違うとか言うし。グッズとかも手に入るしょ?」
当然と言えば、当然の問い掛け。
「うん…そうなんだけど、何年間前に友達に誘われて、行ったライブで気分が悪くなって…途中で帰って来ちゃった…」
「ハァ?」
「フェスも、夏場でさぁ…会場で倒れちゃって…そう言う所には行かない方がいいって、言われてて…色々な人から止められてる」
はしゃいでとか、トラブルが元での主催者側からの出禁は、聞いたことあるけど…
体調不良が元で、家族や知人側から出禁を言い渡されるって…
どんだけ、虚弱体質なんだよこの人 !!
よくまぁ…
海外留学許してもらえたなぁ…
「……って、思ってる?」
心が、読まれてる?
「まぁ…それに良い勉強になったって思えば、悪いことではないでしょ?…」
そう天笠さんは、笑った。
俺はと言えば、また…そうやって笑って誤魔化す! と付け足す。
「えっ、でも、笑えるのって大事なことだよ。そりゃ…笑ってばっかりも、緊張感なさすぎだけど…」
確かに…
「でも、天笠さんの場合は、無理してでも笑いそうだから。マジで心配。俺の前では、無理はしないでほしい…」
天笠さんの肩を指先で、トンと押した。
「もしかして…返信できなかったこと、怒ってる?」
「当たり前でしょ? 仕事は、分かっているけど…」
別に束縛系とか、メンヘラ気質じゃないし。
まぁ…確かに…既読スルーされてて乗り込んできたようになっているのは、確かだけど…
連絡がないからって、仕事してる天笠さんに…かまってとか、俺を大事にしてとか…
問い詰めようとか、思ってないと…思うし。
「……多分……」
「何が?」
「えっと……」
アレ? 俺ってば、もしかして…
メンヘラっぽい?
俺の面倒くさいヤツなと頃は、もう少し自覚した方がいい…かな?
「縹くん?」
ヤバい。
ここでメンヘラ化したら。付き合いそのものが、無かったことにされる。
それだけは、ダメだ。
「取り敢えず…天笠さん。仕事が、終ったんなら。一緒に帰ろう」
「う~ん。そうだね。そうしようかな? 一応は一段落ついたし」
帰り支度を、始めたカレシと言うか、カレシ候補と言うか…
その笑顔を、
近くで見られるのなら。
俺はそれだけで、幸せだって思てる。
どれぐらい俺の気持ちが、伝わっているかは分からない。
でも、少しずつ伝わっていければ、いいよね。
「じゃ…俺は、退勤と明日の申し送りとか、あるから20分後ぐらいまでに昇降口には行けるから…」
そう言って作業室を2人で出た。
俺はそのまま階段を降りて、スマホ時間潰し。
そんな時、別なクラスの女子から声を掛けられた。
「あっ…縹くん。居た居た!」
「? なに…」
「真潮くんに言ったら。縹くんはまだ学校じゃないかって教えてもらたの。あの例のスカウトのおばさんって人。学校周辺で見掛けたって、同じ部活で遅くなった子達から。メッセージで回って来たの! 私は、校門前から出るバスに乗る時間あるから校内で待っているけど…気を付けってて」
「ありがとう」
じゃねぇ! と、女子生徒は自分のクラスに引き返して行った。
またあの人、来てるの?
俺自身も口頭で迷惑していると、言っているし。
両親も、事務所に苦情を入れてくれているのにも、関わらず。
「…来るんだよな…」
そう言えば、真潮もさっき言っていたなぁ…
「何が、来てるって?」と、天笠さんが、答える。
「えっ、あっ…何でも無いです」
「もしかして、スカウトマンの話しとか?」
ドキッとして、足を止めしまった。
「さっき職員室で、学校周辺にそう言った人が、また来ているらしいって、近隣の人から連絡が来ていたんだって。注意してほしいって…」
「すみません。それ俺が、原因なんで…」
マシンガントークと言うのか、話し出したら止まらない。
スカウトおばさん。
「断わっても、めげないって言うか、家の近所で見掛けた時は、学校に引き返して母親に車で、迎えに来てもらいました」
「そんなに酷いの?」
「まぁ…」
そんな話しをしながら俺と天笠さんが、校門に続く敷地内の道を話しながら歩いていると、校門付近から人影が飛び出してきて俺達2人の前に立ち塞がった。
後数歩で、校門の外だって言うのに…
「今日こそは、話を聞いてもらいたいんだけど!」
やっぱり。
例のスカウトのおばさん。
恐るべし !!
絶対に時間を見計らって、出てきたよな?
俺や両親が、それなりに迷惑していると抗議しているが、一向に怯む気配すらない。
向こうにしてみれば、後ひと押しで話を聞いてもらえるとか思っているんだろうけど、俺はそう言ったものには最初から興味がなくて、ただの迷惑でしかった。
「あの…何度も言ってますけど、迷惑なんで止めてもらえませんか?」
年齢的にそこまで、おばさんでもないが、グイグイくるタイプだと思う。
押される感が、怖いぐらい半端ない。
「あら? 隣のアナタも…それなりに良いわね」
天笠さんを、興味ありげに食い入るように見詰め。
スカウトのおばさんは、名刺入れから名刺を取り出すと、その名刺を天笠さんに手渡した。
それを受け取った天笠さんは、顔色を変えることなく眺めている。
「アナタ大学生さん? 良かったら3人でお話しません? 車そこに停めてあるので…」
にこやかな営業スマイル。
笑顔になるのが、手慣れていて…
逆に不自然だ。
「……ちょっと、宜しいですか?」
好感触と思えたのか、スカウトのおばさんは、天笠さんの声に目を輝かせる。
「なにかしら?」
「…この辺りは、常に生徒や学生達が通るので、学校側やその周辺からの要望もあり。駐停車禁止となっているはずですが?」
「えっ? そうでしたっけ? あの…じゃここで、少しお話だけでも…」
ヤバい。
俺が、直接迷惑掛けてる訳じゃないのに…天笠さんに、迷惑が掛かってる !!
もう一度。
強く言って追い返そう。
「あの…俺、そう言うのに興味ないので、断わってますよね? 先月には、両親からも、そう伝えてもらっているはずです…だから。帰って下さい!!」
「えっ…でも、話ぐらいなら。いいでしょ? 御両親の誤解も解いておきたいし」
「…校内でも、強引だとか色々、噂になっていて迷惑してます !!」
白々しくとぼけた顔をしているが、正直に言うと腹が立った。
荒手の勧誘かよ? って、感じだ。
そんなスカウトのおばさんは、俺の隣にスッと立ち並ぼうする。
もうその振るまいが、気持ち悪くて仕方がない。
あからさまに、またかと嫌な顔をしたと思う。
本当にこの人は、人一倍しつこくて、何度、迷惑だと言っても聞き入れてくれない。
しかも、天笠さんと一緒に帰られるって言う日に現れるとか…
勘弁してくれよ。
成る程。
これが、例のしつこさ抜群の某モデル事務所のスカウトマンのおばさん?
職員会議や職員室。
または、生徒達の話題に上がる
例の人。
「だからあの…しつこいんで、止めて下さい!」
縹くんの言葉には、慣れたものと暖簾に腕押し状態で、そのスカウトの女性は、あから様に縹くんや俺に詰め寄ろうとする。
俺は、縹くん前に立つように立ち塞がった。
「あの天笠さん?」
「いいから。下がってて」
お互いに手が出せる距離でも、少し触れただけで、後々何言われるか分からないからなぁ…
取り敢えずと、これ以上進ませないように片手を広げた。
「だから。話だけでも!」
たじろぐ様子もないスカウトの女性は、今にも手を掴もうと近寄ってくる。
「…今…アナタが立っている場所は、この学校の敷地内です」
「えっ?」
「校門にあった立看板、見えませんでしたか? 学校の関係者以外の出入りを禁ずる。ちなみに私は、ここの学生でなく。この学校の職員で、運営理事に顔が利きますが……」
「えっと、その…」
「この名刺は、預からせて頂きますね。本校の生徒にあきらかな迷惑行為や行き過ぎた行為等が見られれば、この名刺にある本社代表の番号に電話を入れ厳重に抗議いたしますので、そうならないように今後、対処を、お願いいたします」
天笠さんは、そう言うと俺を庇うように2歩程後ろに下がりその名刺を、上着の内ポケットにしまった。
するとスカウトのおばさんは、そそくさと校門の外に出ていき車に乗り込むと、逃げるようなスピードで国道に抜けていった。
「良かった。行ってくれた。それよりも大丈夫?」
「…ありがとうございました…」
助けてもらった。
いや…もう何か、天笠さんがカッコいいとかは、今更だけどカッコいいと改めて思ってしまって顔がほてってしまう。
「どうかした? 」
「大丈夫です」
「何事もなくて、良かった」
確かにしつこい人だったから。
「助かりました…」
「うん。本当に良かった」
言い終えた後に、何気に見せてくれた天笠さんの笑顔には、誰もがドキッとさせられるぐらいの力が有ると思う。
でも、本人に自覚は無い。
なんで人が、寄ってくるのかを、理解していない。
もったいないって言えば、そこまでだけど…
俺は、欲張りだから。
そんな笑顔を、独り占めしたい。
勿論。
本人には、内緒だ。
それぐらい好きだかね。
「あの…さっきみたいな人達が、もし何か言ってきたり。待ち伏せされたりしてきたら言ってね」
「大丈夫です。その時は、また言って、追い返すし」
「そうじゃなくて…」
天笠さんは、俺の上着の袖口を引っ張った。
「心配だから。何かあったら直ぐに言ってほしい。縹くんは、1人で悩み事とか抱え込みそうで…」
天笠さん…
「頼りないかもだけど、大切な人には、頼られたい。ほら年上だし!」
大切な人。
相変わらず好きとは、言われないけど…
大切な人って言葉の方が、上な気がして素直に嬉しかった。
でも、いつか本人の口から好きって言わしてやる…とか、
決意みたいなものが、生まれたは確かだった。
「いつか、絶対に言わせるから」
「? えっ…何を?」
「内緒だから教えません。天笠さんが、内緒にしてる事を、教えてくれるなら教えてもいいよ」
「…それは…もうちょっと…後で…」
「じゃ…教えない」
ガキみたいに膨れてやった。
「そればっかりだね」
「そっちもね…」
吹き出すように、笑い合う俺と天笠さん。
今は、もっと打ち解けていけたらと…
そう願ってる。
好きって言わせるのは、それからでも遅くないはずだから。
おわり
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