1人が本棚に入れています
本棚に追加
*愛花視点*新しい世界
***
高校生の光くんと出会ってから10年が経った。でも彼にとって、私とは大学の時に出会ったわけで。お互いに出会った時期が違うのは不思議な感じだった。
「今日はサイン会にお越しいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそこんな素敵な作品と出会えて幸せです。私の人生がこの作品のお陰で変われました」
光くんと、光くんのファンが目の前で会話をしている。彼が書いた小説『黒い天使たちの本来あるべき姿』が、そこそこだけどヒットした。読者へのお礼としてのイベントが開催されることになり、今日は本屋で彼のサイン会が開かれている。彼の前にはファンの人たちで行列が出来ている。
彼を眺めていると、私の横に門倉凪さんが来た。
「あ、門倉さん。門倉さんのアドバイスのお陰で今書いている作品がいい感じに仕上がりそうって彼が言っていましたよ」
「いやいや、彼の実力ですよ」
元の世界では、門倉凪さんが本来書いて受賞するはずだった作品を光くんが奪ってしまった。でも今回は、門倉さんがその作品を書いて世に発表した。
実は門倉さんは光くんの知り合いで、高校の時に同じクラスだったらしい。本名は『安村』くん。
サイン会を終えると光くんは門倉さんに話しかけた。
「安村、サイン会ずっと終わるの待っててくれたんだな。ありがとう」
「おぉ、俺もサインしてもらおうかなって思って」
そう言いながら門倉さんは『黒い天使たちの本来あるべき姿』を鞄から出して光くんに渡した。
この小説の表紙、何回みても好きだなと思う。ピンク色の空の背景。その中でひとりの黒い天使が本に何かを書いていて、他のふたりの天使がそれを優しく見守っていた。
ちょっと自分たちのような気がした。
「いつでも会えるから、別の日会えた時でもいいのに」と光くんは言いながら、まだ慣れていない感じに小説の最後のページにサインを書いていた。
「実は今日、成功するか気になって。サイン会、上手くいって良かったな。俺も新作がんばらないと。じゃあ、行くわ。またな!」
「おう、お互いに頑張ろな」
門倉さんは本屋から出ていった。
サイン会の後、お店の人が準備してくれた休憩室で彼は言った。
「安村、今めちゃくちゃ売れっ子だな」
「そうだね」
私はふたりの作家を救えたのかなと考えながら、なんとなく部屋のテレビに視線をやる。
「そういえば『黒い天使たちの本来あるべき姿』に出てくる天使の女の子、実写化したらイメージ誰だろうって考えたんだ。ずっと頭に浮かぶのが、天使のコスプレした愛花ちゃんなんだよね」
勢いよく彼を見た。
彼が高校生の時に私と出会った記憶は全て消えているはず。でもかすかに残っていたりするのだろうか?
「なんで私が天使のコスプレ?」
何も知らないフリをして私は苦笑いする。
「本当になんでだろ。愛花ちゃんがコスプレしてるとか、ありえないよね」
「うん、ないない」
光くんも一緒に笑った。
そう、高校生だった彼に会った時、私は黒いコートに黒い羽を背中につけて、天使のコスプレをしていた。
――光くん、私がコスプレするのはありえなくなかったんだよ。
前にいた世界では、途中まで彼が書いていた小説に登場する『天使の女の子』に魅力を感じていた。登場する天使の中で一番純粋な天使。いつも黒いコートを着ていたんだけど、着ていた理由は寒がりだかららしい。こういう女の子がタイプなんだって光くんが教えてくれた。聞いた直後から彼の前でさりげなく寒がりな私をアピールしていたっけ。
その天使のキャラクターの話をしている時に彼は「いつか実写化して、僕の作ったキャラに命が吹き込まれたら嬉しいなぁ」なんて呟いていた。多分、彼に惚れた一番のきっかけは、彼が夢をそんなふうに語っていたからだと思う。私には、そういうのがなかったから。
彼が小説を書けなくなってきた頃に私は、光くんがやる気を出してくれそうな方法を考えた。その時に「キャラに命が吹き込まれたら嬉しい」って彼が言っていた言葉を思い出した。
考えた結果、天使が着ているのと似ている黒いコートとコスプレ用の羽を買って、彼に「私が好きなキャラクターだよ」って言ってコスプレした姿を見せ、続きが読みたいことを伝えようかなと思った。けれど見られるのが恥ずかしくなったのと、タイミングがないまま彼は目の前からいなくなってしまって。
結局それは実現しなかった。
高校生の彼に会いに行く時、どうせ彼の記憶がなくなるのだから、恥ずかしさとかはどうでもいいやなんて気持ちになった。だから私は小説に登場する天使のキャラクターの格好を堂々として、高校生の彼の元へ行く決心をした。
「光くんが考えたキャラクターに命が吹き込まれたよ……私のコスプレだけど」って心の中で呟きながら、まだキャラクターの存在を知らない高校生の光くんにその姿を見せた。
他人の書いた作品を写さないでほしかった。それと同時に、天使の格好をした私を見た彼の〝脳内にあるストーリーを考える部分〟がびびっとして、時間がかかってもいいから、完結まで物語を思いついてほしいなって。
光くんが幸せになるように、必死だったな――。
そんなことを考えていると「ここまでこれたのは、愛花さんのお陰です」って、突然光くんに言われた。
「あらたまって敬語?」
「うん、本当にありがとう。書くことは出来ても、コンテストに出しても一次選考も通らなかったし、明るい未来が一切見れなかったから。愛花さんが小説を書くこと以外のことをしてくれて、支えてくれたからここまで来ることが出来たんだ」
「ここまでこれたのは、光くんが頑張って来たからだよ」
だって、今の世界で書く光くんの作品は、沢山勉強して頑張ってきたんだなって思えるくらいに良くなっていたから。
あの世界では見られなかった彼の輝きをこっちの世界では見ることが出来た。
光くんの幸せを考えるまでは、頑張るなんてばかばかしいと思っていた。いくら努力をして、何かを積み上げることが出来ても、いつか必ずそれは崩れるって頭の中に常にあったから。それなら最初から何もやらない方がいいのかな?って。
でも彼の幸せそうな姿を見ていると、ここまで頑張ってきて良かったなって、心から思えた。そして自分自身も努力を重ねて何かが上手くいくたびに達成感が溢れてきて、最近は充実した毎日を送れている。
「愛花ちゃん……これからも一緒に前に進んでくれる?」
「うん、もちろん!」
これからもずっと幸せに、彼と一緒にいられる気がした。
最初のコメントを投稿しよう!