*愛花視点

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*愛花視点

 私は過去に戻った。目的は『青い群衆たちの泣き顔』という小説に出会った直後の光くんと会うため。  未来での光くんはあまりにも哀れで悲惨だった。他人が書いた作品で富を得たけれど、その後、心身共に暗闇の中へ転落していった。  本来その小説で売れるはずだった門倉凪さんも、デビューはしたものの1作目から小説は売れず。  同じ年の光くん。彼とは大学で知り合い、悩みも打ち明けられるほどに親しくなっていった。彼にとっての表向き2作目となる予定だった『黒い天使の本来あるべき姿』という題名の小説。  それを彼は途中まで書いたけれど、書くのを辞めて、その辺から彼の人生は転落していった。  理由は他人の書いた小説を写し、自分の作品として世に出し、書く努力を全くしないで楽してちやほやされたから。2作目を書こうと思っても上手く書けなくて、彼は周りの期待に一切応えれなかった。しまいには周りに嫉妬し、他の作家の悪口ばかり言うようになった。そして自分のせいで人生を変えてしまった人がいることをずっと後悔していた……。  彼は「人の作品で受賞すべきではなかったんだ」と最後に呟いた後、目の前からいなくなった。  途中まで書かれていた『本当に彼が書いた小説』が好きだった。文章は分かりずらかったけど、不器用ながら彼なりに何かこの小説を通じて伝えたいものがあるのだなと感じていたから。何度も続きが読みたいなと思いながら読ませてもらった。  作家としての彼に対してファンでもあったし、恋の相手として片想いもしていた。完全に実らなさそうな恋だったけれど。書いた小説を「途中だけど」って言いながら誰よりも早くiPadで見せてくれて……。彼の近くにもいられたし。当時の私はそれだけで満足だったんだと思う。 「高校生の時、不思議な出来事があったんだけど……」って〝将来受賞する他人が書いた小説〟を過去に手に入れていたという話も聞いていた。その作品を写し受賞してデビューしてしまったということも。  その不思議な話を調べると、それは神様の実験だった可能性があることを知る。SNSで似たような体験をした人たちがいて、神様について詳しい人たちがコメントしていたからだ。  ちょっとその話は怪しいなと感じながらも、神様についてネットや図書館で色々調べていくと、持ちながら眠ると神様に出会えるという不思議な石が山の頂上にあるらしいと知った。  登山なんてしたことなかったけれど、光くんがいなくなってしまった後、挑戦した。多分頂上に着くまで3時間ぐらいかかったと思う。頂上に着くと『話題の神様に会える石』と小さな木の板に書かれていて、画像で見た石と同じものが集められてゴロゴロと転がっていた。想像以上の石の数。  そんな都合よく石の数だけ神様に会えるなんてことはなさそうだな。なんて疑いながらも丁寧にハンカチで包んでからリュックのポケットに入れた。  持ち帰って眠ると本当に神様が現れた。  夢の中では自由に動けたし話も出来た。  神様に事情を説明すると、どうやら光くんの身に起きたことは、本当に神様の実験だったらしい。実験内容は、急に目の前に現れたその人にとって美味しいもの(・・・・・・)。それに頼らず生きる人間はどのくらいの割合いるのか。 「実験を行うことは辞められないけれど。その後の結果が、ひとりの人間の影響によって変わるかもしれんことには興味がある。特別に1回だけ、彼の行動を止める挑戦をさせてやろう」と言った。彼が小説を手に入れた時間。つまり過去に1週間だけ行かせてくれるらしい。  残酷な神様だなと思った。  欲のまま彼が生きれば、ずっと後悔させる人生もワンセットにすると決めていたらしい。たった一度の過ちでずっと後悔する人生なんて……。  もしも私の行動によって光くんの考えが変わり、その小説に頼らずにこれからの人生を生きられそうなら、彼が後悔する人生ではない未来になる可能性が高い。  そう考えていると「むしろハッピーにしてやろう」と神様は言った。    そうしてチャンスを与えられ、過去の世界へ行けることになった。  会ってから1週間経つと、もう光くんとは本来会える時まで会えなくなる。そして私と会っていた1週間の記憶が、彼の頭の中から消えてしまうらしい。作戦が上手く行けば、小説が机の上に置いてあった時の記憶も。  そして私は、世界を変えてしまうかもしれない代償として、未来には戻れず人生をそこからやり直す。でも彼の前からは消え、次に彼と再会するのは大学で――。  賭けだった。  私が実際にみてきた光くんの人生と、これから私が一緒に作っていきたいと思う光くんの未来。  彼にとってどっちが幸せなんだろう。  光くんには幸せになってほしいと思う。神様もハッピーにしてくれるって言ってくれたけれど、これから新しく作ろうとしている世界の未来には幸せになれる保証がない。  迷ったけれど、高校生の彼に会った。最初は警戒だけされて、どうしようかなと思っていたけれど、なんとか頑張って彼を説得した。そしたら彼は小説を写すことを辞めてくれた。目の前にあった小説の存在と、私と出会った1週間が彼の人生になかったことになった。  私も彼と一緒に全力で頑張るんだって、決意した。だって、小説を書き写さないで一生懸命頑張っている彼の未来が頭の中で、はっきりと見えた気がしたから。その姿を見て私も頑張ろうって思えた。  私は光くんと会える日まで、そして会えてからも小説についてや多くの人に読んでもらえる方法などを全力で沢山勉強し、出版社を立ち上げて彼を支えた。  その結果――。
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