僕ら 第3話 練習の後で リュウサイド

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練習の後 リュウサイド リュウサイド  3時間に及ぶ通し練習が終わってくたくた、のはずなのに。なんだかお腹のなかがずっと暑くて、未だ動き足りなかった。  今日はヤマトさんを心のなかで追い出すことに成功していたから、踊ってる間は集中できた。  なのに。終わったとたん、泣きそうで、僕は誰も話しかけるなオーラを纏って、練習室のモップがけをもくもくとやっていた。    しばらくやって、片付けも終わると、ハルさんが、パンパンと大きく手を叩いてから、言った。   「今日はこれで終わりだけど、8号の練習室をとってあるから、まだやりたい人はそっちでやって。一応12時まで使えるようにしてる。僕はこの後打ち合わせが一件あるから、先に行くね。みんな、体調管理しっかりするように。じゃあまた明日、解散。」   「あー、つかれた、帰ってうちの猫とビデオ通話しよう。」    イツキさんが一番にそうぼやきながら、出ていく。    チラッと僕の方に目線を投げて、ヤマトさんがその後に続いた。何か言いたいけど、なにも言えない、そんな表情に、僕は何て顔をさせてるんだろう、と自分を責めたい気持ちになってしまう。    ケイはご機嫌で今はまってる新しいバンドの曲をくちづさみながら、    「じゃーおつかれ、うぇーい、」    ハルさんと肩を組んで練習室を出ていく。ハルさんは少しだけ僕の方を振り替えって、2回まばたきをする。でも、僕はやっぱり目線をそらしてしまう。なんだか、意気地無しになった気分だ。    そして、練習室には、アキと僕のふたりだけになった。   「リュウ、練習してくんだろ?」    なぜか額から出続ける美しい汗をタオルで無造作に拭うアキの姿は、毎日見てるのに、ホントにきれいだ。時を忘れて見つめてしまう魅力が彼にはあった。 「あ、あぁ、ウン。なんか、フリーフックのところでうまく踊れないとこあって。練習、してく。」    本音を言えば、ひとりで練習したかった。と言うか、ヤマトさんを頭の中から追い出せるくらい強く、激しく、倒れるまで踊りたい。そんな気持ちだった。そんな気持ちを知ってか知らずか、アキは目を合わさずに言う。   「俺も練習したいとこあるから、あと、自分の曲、久しぶりに踊っときたいから。いつでも披露できるように……。一緒に練習室行こ。……はい、」    アキが僕の水ボトルを渡してくる。   「……うん、」    うなづいて、僕らは階下の練習室へと向かう。    8号の練習室は、ホントに狭い。だから、みんなは遠慮して、先に帰ったのかもしれない。そう思いながら、壁に向かって手をつき、柔軟を始める。    フリーフックのダンスに納得いってないのはほんとだった。  僕はアキと一緒にその部分を練習しながら、意見を出しあって、自分のものになるまで、何度も色を塗り替える。  こうじゃない、ここはもっと激しく。ここはもっと、たおやかに。ここはもっと、情熱的に。ここはもっとダークな表情で。鏡の自分を確認しながら何度も何度も。  どのくらい練習したんだろう。息をするのも忘れるくらい、集中していた。床に寝そべると気持ちいい疲労が僕を包む。   「あーもう立ち上がれないかも、」    と言うと。アキが、   「俺もー、」    と言って壁を背に座り込む。    しばらく快い沈黙が僕らの間を流れる。ふと、アキの指先が僕に触れて、僕はそっとその長い指を握り返す。   「今日さ、」   僕が言うと、アキが、   「うん、」   と返す。   「練習付き合ってくれてありがとね、ひとりじゃこんなにできなかったよ。めちゃ集中できたし。」   「うん、」    とアキが短く返事をする。   「リュウはさ、」    言葉を小さく区切って、アキが僕の視界に入ってきた。   「無理しすぎなんだよ。辛いときは助けてって言えばいいのに。」    そういうと、恥ずかしいのか、僕にすぐ背を向けてしまう。でも表情が鏡で丸見えだよ、アキ。   「優しいねー、僕のアキはー」    のそのそと起き上がり、僕は背中から、アキの耳元に、    「ありがと、」    とびきりの低音で呟く。とたんにぼっとアキの耳が赤くなり、ははっと僕は笑い出す。アキの弱点は耳だということを僕らはみんな知っている。   「フラーティングヤメロ!」    アキが口を尖らす。    そんなひとつしか歳の違わない美しくて、可愛いアキを僕は見つめる。    「なんか、心配して損した!」    不貞腐れて、アキがそっぽを向く。僕は皆が好きだと言うにこっとしたスマイルで、アキの視界に無理矢理入る。    「もう!しらん!」    言いながらアキは、ぼくの視線を避け、携帯をいじり始める。何とか視界に入ろうとする僕と、それを阻止しようとするアキとの間で影が揺れる。    アキが必死で操作した携帯から、ソロ曲のイントロが流れ始め、4カウントで立ち上がり、アキは肘から下の手のひらを振る。  ライブで披露したアキのソロダンス、かっこよかったな。長い手足を生かしたセクシーな振り付け。僕も少しだけ踊れるけど、彼の世界観にはどうやっても近づけない。    やっぱ、アキのダンス、かっこいい、    しなやかで、洗練された動き。でも力強くて他のものを圧倒する絶対的な美しさとオーラ。  キラキラと紙テープでも降ってくるんじゃないかと錯覚する間に終わってしまった。僕は力の限り拍手をする。    こちらに向かって、王子様のようにひざまづいてお辞儀するアキ。   「…………さて、俺、この後パリのスタッフとズームで会議あるんだよね。だからもう行くけど、」    長い首を傾げる。さらっときれいな黒髪が揺れて床に影を作った。それさえも美しい。   「リュウはどうする?……帰る?」    少し考えて、僕はふるふると首を振った。   「もう少し、踊りたいんだ。」    まだ眠れそうになくて、その言葉は飲み込みながら、僕は鏡の中の僕を見つめる。汗が鼻筋を通っていく。グッと袖でそれをぬぐい、僕はアキに笑顔を見せる。   「お疲れ、また明日ね!こんな時間から会議、頑張って。」   「うん………………じゃあ………また明日ね。」    アキが練習室を出ていく。    バタン、という音の後に、練習室に静寂が広がる。  さっきのアキとの沈黙の時間とは違い、なんだか、襲いかかってきそうな静寂の圧。  考えるな、踊らなきゃ……、そう考えるけど、もう足が限界みたいで、ふらふらしてる。  音楽を、ならさなきゃ、踊らなきゃ。  僕は繰り返し設定で頭から音楽を流し、ノロノロと立ち上がる。4カウント数えて、右足から。踊らなきゃ、踊らなきゃ、ヤマトさんを、忘れられない。    瞬間に、さっきの出来事が思い出される。小さな包みを渡した女の子。ヤマトさんが好きな黒髪のロングをなびかせて、可愛く笑ってたな。香水なら、僕の方がヤマトさんにに合うものあげられるのに。  ヤマトさんはもっといろんなものが混ざってる。男らしさも、かわいさも、純粋さも激しさも。  それを沢山知ってるのは僕の方なのに。  ヤマトさん、嬉しそう、だったな。    激しく変わるテンポのところで、僕は足をもつれさせて転ぶ。    「あっ、いたっ、」    足首を捻ってしまい、押さえながら、そのまま床に寝っ転がる。  ダメだ、もう踊れない。  そう思ったとたん、今まで抑えてきた涙が大量に押し寄せてきた。川が溢れるみたいにいくつも筋を作り、頬から床に落ちていく。  止めなきゃ、こんな涙だめだ.......とめ.....    腕で目頭を抑えるもとまらず、僕は体を丸めて声を殺した。  アキが帰った後でよかった。こんな姿、見せられない。  もう気がすむまで泣こう。そう思うと、自分でも思いがけないくらいの音量の嗚咽が出た。大丈夫、練習室は完全防音だから、誰にも聞こえやしない。    今だけはせめて、せめて……、泣かせて…、お願い。
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