It's raining cats and dogs

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 ――藤川圭ってこんなもんだったんだ。  中学生のときに投げつけられた言葉は、いつだって圭の頭にノイズをかける。テレビの砂嵐みたいな音は、どしゃぶりの雨に似ていた。 所属していたクラブチームで関東サッカーU15のトレセンメンバーとしてスカウトされたとき、自分は必ず代表の青いユニフォームを着られると信じて疑わなかった。  だけど、足の速さがちがう、瞬発力がちがう、パスの正確性も視野も判断力も、エリートクラスとは雲泥の差だった。五対五のミニゲームの最中、派手に転んだ。実力の差を思い知り、愕然としてうずくまったまま起き上がれなかった。歯を食い縛り、握った拳を芝でこする。手のひらに爪が食い込んで痛い。思い上がっていた自分が惨めで、膝を立てることが叶わなかった。  ひとりのチームメイトが、圭に手を差し伸べた。その手を取って起き上がると、彼はひと言言う。 「藤川圭ってこんなもんだったんだ」  こんなもんでわりーか、くそったれ。  窓の外は雨だった。  大学の講義が空いた時間に父親に頼まれて自動車整備工場に車を引き取りに来たのだが、そういえばこの日は曇天だった。夏真っ盛りなのにめずらしい。きょうの練習メニューは変更かな、と考えながら、圭は待合室で手にしていたタウン情報誌を結局ラックに戻す。  神奈川二部リーグのサッカーチーム「湘南ユナイテッド」の特集だった。「こんなもん」と圭を称した選手が爽やかな笑顔で雑誌の表紙を飾っていて、その清々しさに胸がちくりと痛む。プロになれるとかなれないとか、その明確な境界線ってだれがどうやって引くんだろう。 「藤川さん」  苗字を呼ばれて振り向き、圭は目を見開く。 「お待たせしました。担当整備士の青葉です」 「柴崎モータース」とちいさなワッペンがついた作業着を着て待合室に現れた整備士の彼を見上げると、学生時代と変わらず左耳にひとつだけピアスをつけていた。雨粒みたいなちいさなシルバーは、窓の外で降る雨に似ている。 「え、青葉? おまえ青葉翔だよな? うわーびっくりした!」  彼は高校二、三年のころクラスメイトだった。約三年振りの再会に驚き、圭の声はおおきくなる。待合室で待つ女性の視線を浴び、「すみません」と半笑いで会釈した。 「こちらどうぞ」  理知的な印象も落ち着いた事務的な口調も、以前の翔と変わらない。椅子に座るよう促し、圭が腰かけたのを見計らって翔も向かいの椅子を引く。 「お久しぶりです」  彼は目を伏せて目礼し、仕事中だからか定型文みたいな口調だった。「本日はありがとうございました」からの、「車検の内容ですが」とていねいな語り口で、社会人、という単語が圭の頭にゴシック体で浮かぶ。大学生の自分には、社会人の内情など想像もつかなかった。高校を卒業してたった三年しか経っていないのに、ずいぶんと差がついたように思う。 「ライト類、ウィンカーやハザードは問題ありませんでした。ワイパーのゴムは劣化があったので変えています。ウォッシャー液も追加して……」
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