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雨音がひどくなった。やはりゲリラ豪雨だった。どんどん強くなる雨脚に、待てがかかる気配はまったくない。古びた軒が壊れそうなくらい、まるで滝が流れ落ちるように雨がアスファルトに打ちつけられて跳ねた。スニーカーはびしゃびしゃで、制服の裾が重くなる。
「つき合ってる子に隠されて、見つけてすぐ着替えて出てきたから忘れてた」
一瞬で、翔には彼女がいて、その子と一夜を明かしたのだとわかった。針の先ほどのちいさな彼の隙を見たのは、自分だけじゃない。圭の心臓が、一瞬どくんと跳ね上がる。なんで? という疑問の理由が、今はわからない。
翔はふだん、とくべつ静かでもないけれど、騒がしくもない。「おはよー」と挨拶すれば、「おはよう」と返ってくる(ただすぐに立ち去ってしまう)。以前圭が友人と廊下で馬鹿話をしていたらぶつかったことがあって、だけど「気ぃつけなよ?」と諭すような言いかたをされたこともあった(かといって輪に入るでもない)。女子が重そうなごみ箱を抱えてごみ捨て場に行こうとしたら「代わるわ」とさくっとごみ捨てを代わっていたし(女子の目がハートになっていた)、一年のときに三年のきれいな先輩とつき合っている噂もあった(一部の男子がひそひそとやっかんでいた)。
見た目の端整な顔立ち含め、よくいえば陰があってマイペース、悪く言えば協調性があまりない。ふだん賑やかな場にいる圭からしたら、翔の一見おとなびた雰囲気は「ひとりでいることに慣れているひと」の印象が強い。
「青葉って今も彼女いるんだ。うらやまし」
どこか浮世離れした雰囲気を持つ翔の、本人から紡がれる生々しい一面。圭はシャツの胸もとを握った。濡れていて触り心地の悪い、重みのある感触だった。
「まあ、うん」
「おまえモテるもんね」
翔はどんなふうに他人とつき合って、会話して、触れたりして、ピアスを外すのだろう。
「さあどうだろ、単に俺が断らないってだけじゃねえの?」
翔がふっと吐いた息は、まるで自分にさえ関心がないようになにげないものだった。投げやりでもないし、諦めでもない。自分を憂いたり、どうでもいいと世間に喧嘩を売るような中二病でもなく。
圭は、ピアスを隠したという見知らぬ彼女の気持ちが、なんとなくわかる気がした。その子もきっと、翔の穴の部分を見たかったんじゃないかって。
「おまえってほんと……、なんつーか、よくねえな。罪な男?」
「はは、あんた言葉のチョイスやべえ」
揶揄した笑いかたはかすかに距離が縮まったような口調で、圭が勝手につくり上げていた翔とイメージがちがって意外にも話しやすい。もう余裕でホームルームははじまっているだろうし、一時間目が終わるまでに間に合うかどうかもわからない。急いだほうがいいのは明白だが、足が動こうとしなかった。
翔は空をあおぎ見て、ゆっくり口を開く。
「一時間目ってなんだったっけ?」
翔が圭に尋ねた。
「たしか現社。まあ松田だし、あいつなら大丈夫じゃね?」
松田はサッカー部の顧問でもある。
「あー、緩いもんな」
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