ライター

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 慣れた都会の駅。  地下から押し寄せる波のように上を目指す人々。いつもはエスカレーターだが少々遅延していたこともあり、乗り換えに間に合わないとその日はたまたま階段を使った。  その時、僕はドンッと人波を避けて下りてきた男性の肩と肩がぶつかってしまい、カシャンっと乾いた音が鳴る。 「すみません!!」  落ちたのは“手帳”。  数段滑り落ち、踏まれる手前で慌てて階段を降り拾うと手帳にあさんでいたと思われる高級そうなボールペンが傷だらけになってた。人の波を逆らい、人気が少なくなったホームにて男性に「申し訳ありません」と深々とお辞儀をするや返ってきた言葉は「別に」と少し不機嫌な声だった。  顔を見れず、お辞儀したまま固まっていると「ん、回しても出ない。なるほど、壊れたか……」とため息交じりの言葉に背筋が凍る。 「すみません、あの弁償させてください」 「いや、いいよ。これ、廃盤なんだ」 「えっそうなんですか……」  廃盤の言葉に思わず顔を上げると落ち着きのあるラフなテラードジャケットにスラックスの大人びた男性に目がいく。サラリーマンにしては静かで対応もよく、なおかつスクエア眼鏡で細目だがスタイルがいい。 「えっと……芸能人とかですか?」 「ん? 違う違う。フリーライターだよ。流行のお店に行ってレポート書いたり、そういう感じの。一時期記者やってたんだけど辛くて辞めちゃった」  ハハッと男性は笑いながらソッと名刺を差し出す。 【フリーライター:井瀬(いのせ)】 「あ、丁寧にすみません。僕は……」  ビジネスではないが名刺を渡されたため、お返しにと差し出すと目を見開く井瀬の姿に首を傾げる。 「何か?」 「何も。そうだ、仕事でどうしても池袋のお店を巡りたくてね。土曜日に池袋の35番出口を出てすぐ近くのゲームセンターの前に来てくれるかな。ついでに代わりになるボールペンを探したいから、それで許してあげるよ」  男性はそう言い腕時計を見ては「じゃあ、また」と小走りで走っていく。
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