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エピローグ
「おかえりなさい」
アパートのドアを開けると、カレーの匂いと優しい声がした。
夢を見ているのかと半信半疑ながら、靴を脱いでキッチンに向かうと、綾さんが大きなお腹で料理をしていた。
「綾さん!」
俺は後ろから抱きついた。
「あら、陽ちゃん、急にさん付けなんてどうしたの? オーナーのお父様とのお別れはちゃんとできた? 私、こんなで行けなくてごめんね」
綾さんは大きなおなかを触って言った。
「う、うん。そりゃ仕方ないさ」
俺はわけがわからないままにそう答えた。
どうやら俺が喪服を着ているのは、祖母の葬儀ではなく、勤め先のオーナーの親父さん、つまり先代オーナーの葬儀に出たからってことに変わっているようだ。
部屋を見回すと、恵礼奈と暮らした殺風景な部屋ではなく、若い新婚夫婦の住む部屋らしく明るく整えられ、奥の部屋には真新しいベビーベッドが置かれていた。
「そろそろ帰るかなと思ってカレー作ってたの。食べる?」
「うん。食べる。それと、ごめん。綾さん、ごめんな。ホントにいろいろ……」
俺は綾さんを抱きしめながら、そう何度も謝った。
「陽ちゃん、変なの」
綾さんは不思議そうに笑う。
「それから、信じないかもしれないけどさ、あとで俺の話聞いてよ。それで、いろいろ教えて」
がらっと人生が変わってしまった。
俺の話を聞いたら驚くかな。でも綾さんならきっと俺を信じて、俺が知らないこれまでの俺達のことを教えてくれるだろう。
あいつ、いや子供時代の俺は、俺の言いつけを守ったんだ。
── いいか。お前に忠告しておく。“エレナ”って女には気をつけろ。お前の人生、滅茶苦茶になるぞ。なるべく、いや絶対関わるな。いいな。忘れるなよ ──
泥棒が入ってきてパニックだったのに、俺の言葉をちゃんと覚えてたんだ。
「でかした、俺!」
俺は大声で笑った。
<了>
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