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もう一人の俺
俺の頭は混乱し、パニックで真っ白になった。
目の前の男の子も、俺を見て驚いて動けずにいた。
どういうことだ──?
その子は、俺の愛読書だった『コミコミコミック』──今は廃刊してもうない──を手にしていた。その表紙に見覚えがあった。俺が昔読んだやつだ。
俺はもしやと思った。
あの時、留守番していた小三の俺が見た泥棒は、俺自身だったのではないかと……。
なんらかの時空の歪みで、祖母の葬儀の日に子供時代のこの家に戻った俺は金に困り、祖母への恨みもあって、引き出しの現金と仏壇のお鈴を盗んだ──。
恐怖のあまりパニックを起こし、ついには金切り声を上げそうになった子供の俺に、「おとなしくしろ。騒がなければ、何もしない」と告げると、リビングの棚に向かい引き出しを開けた。
そこには、茶封筒に入った現金があった。手を伸ばそうとして、ふとその下を見る。夏休みの旅行で撮った、笑顔の四人が写る家族写真があった。
俺はそれをしばらく見つめた。
── 人生は自分で動かなきゃだめ。誰のせいでもない、自分で変えるしかないんだよ ──
母の言葉が浮かんだ。全部、他人のせい、他人任せ、他人を恨んで逃げてきた人生だった。綾さんに謝りもせず、俺は彼女からも逃げたのだ。
茶封筒に手を付けるのはやめ、家族写真を喪服の上着のポケットに入れた。
それからリビングのドアに戻り、しばらくの間、恐怖で硬直したままの子供の俺を見ていた。
昔の、幸せだった頃の俺の姿を──。
俺は口を開いた。
「いいか。お前に忠告しておく。“エレナ”って女には気をつけろ。お前の人生、滅茶苦茶になるぞ。なるべく、いや絶対関わるな。いいな。忘れるなよ。それから、俺はこれで帰るから、このことは絶対誰にも言うなよ」
小さな俺が真剣な顔で肯くのを確かめてから、俺はリビングを出た。そして祖母の部屋に寄ることなく玄関に向かい、靴を履いた。
家の外に出ると、そこが現在のこの町だとすぐわかった。事件の時に証言した向かいの老人の家がなくなっていたのだ。
あの頃、祖母よりかなり年上だったはずだから、とっくに亡くなっていて家は更地にしたのだろう。
俺は胸ポケットの写真を手で押さえると、振り返ってもう一度、懐かしい我が家を眺めた。
その時、車が近付いてきて俺の前に停まった。見知らぬ白いセダンだった。
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