盗まれたもの

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盗まれたもの

 俺が正気に戻ったのは、祖母が帰宅してからだ。  のちに祖母は、家の鍵は確かにかかっていたと警察に証言した。  茫然とする俺は驚いた祖母に声をかけられ、俺はわんわん泣き出した。そして泥棒が入ったことを伝えた。 「陽太が無事で良かったよ」  そう言って祖母は俺を抱きしめた。  祖母はリビングの棚の引き出しが開けっぱなしで荒らされた様子なのに気付き、すぐに警察を呼んだ。  警察から両親にも連絡が行き、二人は血相を変えて帰ってきた。そして、僕と祖母の無事を見て喜んだ。  警察と共に、両親と祖母で盗まれたものを調べた。リビングの棚の引き出しに緊急の時のために用意していた、数万円入りの封筒がなくなっていた。ほかは祖母の部屋だけ、閉めてあったはずの引き戸が開いていた。 「ない! ないよ!」  祖母が叫んだ。  祖母の部屋の仏壇にあった18金のお(りん)がなくなっていた。  祖母の実家(さと)の父が亡くなり長兄が跡を継いだ時、相続放棄のハンコ代代わりに形見にもらったものだったとあとで聞いた。  母子家庭になったあとも、これだけは手放さないという意地で、さまざまな仕事をして生き抜いたという。  警察の捜査は困難を極めた。  まず、リビングの棚の引き出しに少しの現金があり、祖母の部屋に数百万円もするお鈴があることを、外部の者が知る術はなかった。  しかし犯人は予めわかっていたように、リビングと祖母の部屋に侵入し、ほかの部屋は手付かずのままだった。  また、家の中に、家族以外の目新しい指紋は見つからなかった。  さらに祖母の証言が正しければ、家を出る時も帰ってきた時も玄関は施錠されていた。  警察や両親は、俺の証言を取ろうと必死だったが、あの時パニックで頭が真っ白になっていた俺は、男の顔も服装もはっきり覚えていなかった。 「大きな男の人で、黒い服を着ていた」としか、証言できなかった。  その上、事件前後、男が家に入り逃げたであろう時刻に、お向かいの家の前で庭仕事をしていた老人は、出入りした者はいなかったと証言した。  不審に感じた警察は、すべて俺の狂言、あるいは白昼夢ではないかと考え、俺は両親に付き添われて精神科を受診したりもした。  しかし、俺が証言を変えることはなく、また新しく詳しい証言が出てくることもなかった。  どう考えても身内の犯行のように思えたが、証拠がない。警察もこれ以上は踏み込めないと思ったのだろう。  事件は未解決のまま祖母の大切なお鈴は戻らなかった。
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