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崩壊
事件以来、家族がおかしくなった。
まず、人生の支えだったお鈴を失った祖母が変わってしまった。
ショックで認知機能が低下したのかもしれない。
祖母は、母が俺に命じてお鈴を盗んだと信じ、あの優しかった祖母はいなくなった。
何かというと俺や母に小言を言うようになった。ありもしないことを、帰宅した父に愚痴った。
母もさすがに腹に据えかねたのか、父に愚痴るようになった。
最初は母、祖母の間に入って取りなしていた父も、いつまでも続く諍いが嫌になったようで、帰宅が遅くなった。酔って帰ることも多くなった。
仏壇のお鈴は安いものを父が買って代わりに置いていたが、深夜になるとそのお鈴を鳴らしながら祖母が家の中を徘徊し始めた。
父や母が宥めて祖母の部屋に連れ戻し寝かせたが、気付けばまた起き出す。昼夜逆転になっていて、夜になると騒ぎだした。
昼間も自分の部屋で居眠りしていたかと思うと、いつの間にか家を抜け出し近所の馴染みの食料品店で、「何も食べさせてもらえない」とおにぎりや饅頭を買ったりした。財布を持っていないこともあるらしく、見かねた店主から何度も家に連絡があった。
前のように優しく俺の名を呼ぶこともなくなり、「泥棒猫親子」と俺と母を罵倒するようになった。
祖母の認知機能の悪化と共に父と母の諍いも激しくなり、最後まで施設に入れるのを反対していた父もとうとう根負けして、祖母は介護施設に入ることになった。
これで家族三人穏やかな生活に戻ると思われたが、夫婦の関係は元には戻らず、俺が中学に入る頃に父の浮気が発覚して両親は離婚した。
俺は母と共に家を出た。
それからの生活は散々だった。
俺と母は隣町の小さなアパートに引っ越した。
父からも標準的な金額の養育費は振り込まれていたが、それで足りるわけはなく、母が必死で働いた分、俺は放任された。
段々悪い仲間が増えて、俺のアパートがたまり場になった。
高校にはなんとか進学したが、この地域に何店舗かあるチェーンの飲食店でバイトを始め、そっちに夢中になった。
高三になって一人の女の子と出会った。
バイトの新入り、短大一年で一つ年上の綾さんだ。明るくて優しい笑顔に惹かれていった。
俺はバイト先のオーナーに何故か気に入られ、高校を卒業するとそのまま正社員になった。
同じ頃、勇気を出して綾さんに告白して付き合いだした。
綾さんも短大を卒業すると同じ会社に入り、俺が二十二歳で店長を任されるようになった頃には、ゆくゆくは結婚という話もしていた。
仕事に恋に充実して、これまでの人生を挽回したような気分だった。
しかし……。
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