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懐かしい家
「どこかで何か食べていく?」
母に聞かれた。
昼飯の時刻はとっくに過ぎていた。
「いや、いいや。懐かしいからぶらっとして帰るよ」
そう答えて、葬儀場の前で母と別れた。
子供の頃、父と遊んだ公園、祖母に連れられて行ったスーパー、母と歩いた川沿いの道、すべて昔のままだった。
そうして歩いて、今は父が一人で暮らす昔の家の前に来た。
入ってみよう──。
実は、この家の鍵を持ってきていた。中学で家を出る時に返し忘れたまま、なんとなく捨てずに残していた。
懐かしいのもあるが、形見分け代わりに何か金目のものを頂戴しようと思ったのも事実だった。
父も親戚も皆火葬場で、しばらくは帰ってこないだろう。もし鍵を交換されていたら、その時は諦めればいい。見つかったって、懐かしくて入ってしまったと言えば大事にはならないだろう。
俺は鍵を玄関ドアの鍵穴に差すと、そっと回した。鍵は昔のままのようで、カチッと回った。
ドアノブを回して静かにドアを開けると、玄関に入る。
玄関内部は不思議な位、昔と変わっていなかった。
俺はそっと靴を脱ぎ、家に上がった。
玄関から続く廊下も、リビングの扉も昔のまま、匂いさえも子供の頃に嗅いだ匂いそのものだった。
誰もいないとはいえ、不法侵入なので、俺は静かに足を進めた。
それから、ドアが開いたままのリビングを覗き、愕然とする。リビングさえ昔のまま何も変わっていなかった。
(えっ?)
その中央のソファに、小さな子供が背中を向けて座っていた。スナック菓子を食べながら、熱心に漫画を読んでいる。
最初は、親戚の子供が葬儀に行かず留守番しているのだろうと思った。しかし、人の気配に振り返ったその子の顔を見て、俺は驚いた。
子供の頃の俺にそっくりだった──。
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