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揺すられてハッと目が覚めた。
「千晴ちゃん、千晴ちゃん? 今日この後授業でしょ」
女将さんの顔がぼんやりからハッキリ輪郭を取った……あたしは廊下にパイプ椅子を並べた上で寝込んでいた。
「あっ」
急いで体を起こしたが、店の幟はもう中に入っていた。
あの支払いができないトラブル対応に動揺の余り、あたしの頭の回線はショートしてしまったらしい。
「す、すみません! あれからどうなりました?」
女将さんは、ぷかーっとタバコをふかすと、ニカッと笑った。
「全部手計算で現金払い。お金持ってなかった人は、後で払いに来てくれるってさ」
女将さんがチラシの裏に書かれた、名前と電話番号の文字を見せてくれた。
「あたしゃ機械は苦手だから千晴ちゃんに任せきりだったけどさ。久々だったねえ、ソロバンでお会計するの」
あの大変な量のお会計を、一人でシャカシャカさばいたのか……と、あたしは申し訳なさでいっぱいになった。
が、女将さんは楽しそうだ。「何を隠そう、あたしゃソロバン1級なんだよ」と、おちゃめな顔して空で指をはじいて見せる。
いつもそう。大将と一緒に厨房でてんやわんやしてても、何か柔らかくてゆうるり。
「ほら、起きれたなら早く大学へ行ってらっしゃい!」
そうやってポンと背中を押してくれる女将さんは、あたしの東京でのお母さんみたいで。
初めてこのお店でラーメンを食べて、こんな美味しい物がこの世にあるのかと感激した。加えてこの女将さんに惚れこんでしまい、バイトさせてくれと頼み込んだ。
時代がキャッシュレスになって、それはそんな難しい手順でもないけど、あたしが担当すると言ったら、「ITわかんない」の女将さんはものすごく喜んでくれた。
だけど。
今日みたいなことになると、あたしなんか全く役立たずなのだ、と肩が落ちた。
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