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昨日のあの騒ぎを振り返って、不謹慎にも思ってしまったことがある。
もしシンジョウさんが昨日来ていたら。そのチラシの裏に、名前と連絡先をもらえただろうに、と。
程よく焼けた肌に白い歯がキラリ。「ごちそうさま」とかけてくれる一言が明るくて爽やかで。人より頭一つ大きな背の高さは、しょっちゅう梁にでん、とぶつかる。
プロ野球の、とあるチームの名物監督にイメージが重なって、あたしは勝手に「シンジョウさん」と呼んでいた。
スポーツニュースの時間を把握している大将は、忙しいさなかでも隅のテレビのチャンネルを器用に渡る。そこにしょっちゅう出てくるものだから、あたしも覚えてしまったのだけど。
でも、常連さんてだけで、本名も会社も連絡先も知らない。だから、昨日のバタバタに乗っかれば、自然と連絡先を教えてもらえたのに……なんて。
「さっきあの人も来たわよっ!」
女将さんがあたしの肩をこづいた。ウフウフッとからかうように嬉しそうに。
「……あ、あの人って?」
「しらばっくれてもダメよ~、あたしの目は節穴じゃないっ! 千晴ちゃんが惚れてるオトコ。白い歯の、背の高い」
うわ、バレてた。……てか、え?
「来たって……いつ?」
「さっき。昨日のお支払いしに」
え……。昨日は、来てないよね、シンジョウさん。ていうか、本名と連絡先書いてあったりするの? あたしは反射的にチラシに顔をぐいと寄せた。
「アハハ~、それがさ。払いに来てくれた人とここに書いてもらった名前、誰一人チェックしないまま返しちゃった」
いや、じゃあそれ、何のためにお名前書いてもらったのさ、女将さん……と言いたかったけど。そういうざっくりな人なのはわかってた。
でもそう。シンジョウさんの名前がそこにあるはずない。
「余分なラーメン代払ったの、きっとその人です。だって昨日は来てなかった」
「え、マジ?」
「来てたら絶対見逃しません」
女将さんと大将は顔を見合わせた。
「うん、説得力あるね。……じゃ、何で食べてもないラーメン代、払いに来たのかねえ?」
「……さあ」
あたしたちは3人とも、う~むと行き詰まってしまった。
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