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 ピーポピーポとサイレン音が通り過ぎる。 「あれ、パトカーよね」 「何か事件でしょうか」 「例えばさあ……何かの事件の関係者がよ? 容疑者とかが、アリバイ工作に使ったってことはない? 昨日はこの店に来てました、って」  あたしはごくりと唾を飲み込んだ。  ちょうど休憩時間に当たる刑事ドラマの再放送を欠かさず見る女将さんは、そういうことの読みが深い。 「いや、さすがにそれは。殺人事件とか傷害事件とかは現実離れしてるんじゃ」 「じゃあさ。よくある話に落とし込んだとして。お得意先回りに遅刻しそうになった言い訳とか。あるいは不倫相手と会ってたとか。いや、もしかしたら詐欺横領の密談をしていた……なんてのを隠すためのアリバイ作り」 「ちょっとお前、アリバイから離れたら。千晴ちゃんが落ち込んじゃうじゃないか。例えば宝クジに当たったけど内緒にしたくて換金したものをうちに預けたとか」 「うちは銀行じゃないのよ。ていうか、宝クジ当たって数百円くらい内緒に預けたから何だっていうのよ」  女将さんと大将がガチャガチャ言い合いを始めた。でも、どれも一応あり得ないことじゃない。だって食べてもいない料金を払いに来るなんて、……怪しすぎる。 「百歩譲って、何かいい人っぽいエピソードは浮かばないですか? ……、……」 「……」 「……」  あたし、自分で言って、自分で沈黙。女将さんも大将も、……沈黙。  つまり、シンジョウさんは、シンジョウさんどころか。  白い歯と明るい物言いに騙された。あたしはそういうのをどんどん膨らませて「いい人」に仕立て上げていた……つまり妄想。しかしてその正体は――  店の隅のテレビは時代劇になっていた。じゃじゃじゃじゃーんとクライマックスの音楽が高らかに鳴る。  ――エチゴヤじゃん!  悪の中の悪。おぬしも悪よのお、の悪い奴。  あのシステムトラブルを利用して、自分のアリバイに使うなんて。  これからは「エチゴヤ」と呼んでやる!
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