それは真夏のかげろうのような ―金木犀と神隠し6―

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 それは、俺が大学を卒業して正社員になって初めての夏のことだった。  たいていは遅番のところを、いつもは早番を担当する社員さんが夏休みを取っていたのでその日は早番に入り、上がったのは夕方5時頃だった。  とはいっても、最近の夏じゃ夕涼みなんて言葉は無いに等しく。  冷房の効いたビルから出て来た生身の体にアスファルトの照り返しはめちゃくちゃ堪えて、どっかで冷たいものでも飲んで帰ろうかと考えていた時 「匠海」 背中から聞き慣れた声がした。  振り返ると 「……奏人さん?」 「良かった。会えて」 俺の好きな人が、夏の暑さなんて関係ないような涼しげな顔で笑ってた。 「どうしたの。こんなとこで」 「ちょっとこのあたりに用があったものだから、そろそろ出てくるかと思って待っていたんだ」 「……ありがと」  今日は早番、って話したっけ……いや、確か話したような。  暑さのせいか記憶は曖昧で、思い出そうにもぼんやりして、まあいいかと思った。 「あ。俺なんか冷たいものでもって思ってたんだけど、奏人さん行く?」 「ああ。もちろん」  
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