今宵、ポロンクセマの秘事にて〜若君side〜

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 *  ――琴姫(ことひめ)有禅(ゆうぜん)に嫁ぐ1年前。  絵部里巣田(えぶりすた)城内では、てんやわんやの大騒ぎとなっていた。  「(そろ)いも揃って何をしておるのだ。有禅はまだ見つからぬのかっ」  「ははっ、申し訳ございませぬ。城内ならびにこの近辺を隈無(くまな)く探しましたが有禅様のお姿は残念ながら無く……恐れながら、他に考えられる場所と言えばもはや……」  「城下町、か?」  「はっ、恐らくは……」  池の鯉が音をたてて跳ねる。波紋が広がるその池には、淡黄色(うすきいろ)(はす)の花が2つ咲いている。  家臣からの報告を受けた有禅の父親である晴雅(はるまさ)は、目を(つぶ)り天を仰ぎながら盛大に溜息をついた。  「今日は隣国の姫君がわざわざ顔を見せに来る日だと言うに……」  解き放ったばかりの鷹が悠々と気持ちよさそうに空を飛ぶ姿を見つめつつ晴雅が呟くと、屋敷内の方からホホホと笑う声が聞こえてきた。  「殿、まぁ良いではございませんか」  晴雅がふり返ると、自らの正室である(あい)の方が縁側に座し、ニコニコと微笑んでいる。  「……お藍か。良うない。先代の頃より調略に骨を折っておる小国を、やっと我が掌中に収めるか収めんかという瀬戸際の大事な婚儀に関わることじゃ」  晴雅の剣幕ぶりを前にして意に介した素振りも見せず、藍の方は笑顔を絶やさぬまま晴雅に告げた。  「確かにこちらの有禅とあちらの琴姫との婚儀は両国にとってとても大切なことでございます。ですが殿……(わらわ)は殿よりも先にこんな情報を得ております。ですから、そんなに急ぐ必要もないのではと……」  「ほう、情報とな。して、どんな情報なのだ」  侍女が持ってきたお茶を自ら淹れる藍の方の傍に腰かけて晴雅が手を差し出す。藍の方は流れるような所作で手ずからお茶の入った椀を晴雅に渡すと、晴雅が椀に口をつけようとした段階で答えた。  「えぇ。私の草の者の知らせによりますと、琴姫の方もこちらへ向かう途中で行方知れずになっているとか。城下町中を探す琴姫の供の者達の姿を確認しているそうにございます」  ブフ―――――ッ!!  晴雅は、(すす)ったお茶を庭に向けて盛大に()いた。  
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